【レポート】高橋多佳子 ピアノ・リサイタル《楽興の時》
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高橋多佳子 ピアノ・リサイタル《楽興の時》
- 開催日
- 時間
- 14:00~
- 会場
- サントミューゼ 小ホール
サントミューゼのレジデント・アーティストを務めるピアニストの高橋多佳子さんは、今回「楽興の時」をリサイタルのテーマに据えました。
ほぼ満席の小ホールに登場すると、まずは今回のテーマの由来となったシューベルト「楽興の時」へ。ゆったり目のテンポと優しいタッチで奏でられます。演奏後の第一声は「みなさま、ただいま~!」。第二の故郷と言えるほど何度も上田に来ている高橋さんは、「春のよき日にこんなにたくさんのお客様が来てくださって、弾きながらうるうるしていました」とフレッシュな感慨を伝えてくれます。

続いては同じくシューベルトの「即興曲」より第3番と第4番です。「私がシューベルトの作品のしみわたるような優しさに気づいたのは近年のことです」。第3番は流れる水のような速いアルペジオに美しいメロディが乗り、低音域のフレーズがこの曲を非凡にしているように感じられます。第4番は転がるように下降する右手のアルペジオの転調が印象的。「転調と美しく変化する内声を表現するのが楽しい」と、弾くたびに魅力を感じていることが演奏からも伝わってきます。

前半最後はシューベルトの「ピアノ・ソナタ 第13番」。高橋さんが中学時代、レッスンで友人が弾いているのを聴いたのが最初の出会い。シューベルトが生涯に残した12曲(完結したもの)のピアノ・ソナタの中では比較的短い曲で、“小さなイ長調”という別名があります。歌曲的な朗々とした雰囲気はどこか春らしさも感じます。

後半最初は、スクリャービンの難曲「ピアノ・ソナタ 第4番」です。ポーランド留学時代の出会いから30年の時を経ての挑戦です。添えられた星の光への憧れをうたった詩を朗読し、特に第1楽章はNASAの火星探査機オポチュニティの孤独と重なると話してくれました。遥か彼方から降り注ぐような美しい第1楽章から、ジャジーな第2楽章へ。複雑な和音とリズムが重層的に重なり、爆発するような華々しい最後を迎えます。高橋さんの果敢な挑戦に、ひときわ大きな拍手が送られました。

ここからはショパンが4曲続きます。「エオリアン・ハープ」の別名を持つ「練習曲 第1番」は、ショパンが好きな変イ長調。和声の移り変わりが非常に美しい曲です。「別れのワルツ」と呼ばれる「ワルツ 第9番」は最後、さようならと語りかけられているよう。水の精を描いた詩をもとにしていると言われる「バラード 第3番」は、「響きがこのホールにぴったり」ということで選曲したそうです。
「スケルツォ 第4番」は高橋さんがショパン国際コンクールの1次予選で弾いた曲です。「今回は、気づけばあまり弾いてこなかった曲で構成していて、なんて大変なプログラムにしてしまったんだろうと後から思いました。でも、大好きな大谷翔平さんの『先入観が可能性を狭める』という言葉を胸に、チャレンジし続けたいです」と、力強い言葉を添えました。
プログラムの最後にふさわしい堂々たる演奏に、手を高く上げて拍手するお客様が何人もいらっしゃいました。高橋さんも何度も深いお辞儀をして応えます。

アンコールでは、ドジャーブルーの大谷翔平選手のTシャツを着て登場。「ジャンルは違いますが、大谷選手のことは心から尊敬していて、たくさん学びを得ています」と打ち明けます。「今日が10周年記念事業のトリと聞いています。このホールがずっと続いていきますように」という言葉に、高橋さんの上田への思いがにじみます。
アンコールはホルストの組曲『惑星』より「木星」のショートバージョンです。オーケストラ曲の重厚さを、ピアノだけで表現する高橋さんの演奏は、圧巻の一言でした。

長野市から来られたお客様は、高橋さんのリサイタルに何度も足を運んでくださっています。「今日もいい音で素晴らしい演奏でした。チャレンジ精神もいいですね。人間味あふれるところがとても身近に感じています」。友人同士で来られた上田市の女性は「高橋さんの演奏は、『のだめカンタービレ』のラフマニノフ「ピアノ協奏曲 第3番」以来です。ショパン・ザ・シリーズはすぐに完売したので、今回こそはと思って来ました。曲の解説にもお人柄が出ていて、大谷選手のTシャツもお似合いでした」と、満足されたご様子で感想を話してくれました。
2025年度は椿三重奏団として上田に来てくれる高橋さん。また違った趣向のピアノ三重奏にご期待ください。
【プログラム】
シューベルト:楽興の時 D780 作品94より 第3番 ヘ短調
シューベルト:即興曲 D899 作品90より 第3番 変ト長調・第4番 変イ長調
シューベルト:ピアノ・ソナタ 第13番 イ長調 D664 作品120
スクリャービン:ピアノ・ソナタ 第4番 嬰ヘ長調 作品30
ショパン:練習曲 作品25より 第1番 変イ長調「エオリアン・ハープ」
ショパン:ワルツ 第9番 変イ長調 作品69-1「別れのワルツ」
ショパン:バラード 第3番 変イ長調 作品47
ショパン:スケルツォ 第4番 ホ長調 作品54
【アンコール】
ホルスト:組曲『惑星』より「木星」(ショートVer.)
取材・文:くりもときょうこ
撮影:齊梧伸一郎