【レポート】おなかをすかせた真夜中のファンタジー『キッチン』
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- サントミューゼ
おなかをすかせた真夜中のファンタジー『キッチン』
2022年8月21日(日)14:00開演
サントミューゼ大スタジオ
“世界は少しずつ「共にあることの喜び」を見失いつつあるように思います”―。
会場で配布されたパンフレットに書かれた言葉が、おなかをすかせた真夜中のファンタジー『キッチン』で描かれた世界を物語っています。
共にあることの喜び。
一緒に歌い、踊り、食べること。
数年前まではありきたりで日常的だった行為そのものに制限がかかり、そして薄れ、忘れ去られていく。
そんな時代に埋もれてしまった感性を呼び戻してくれるのが本作品です。
ドイツ在住の音楽家・高瀬アキさんと神戸出身の舞踊家・岡登志子さん。
ふたりの表現者がそれぞれのスキルと感性を持ち寄って創作された作品は、共にあることの喜びや生きる喜びという、ここ数年で一気に見失われつつある人間の根源的な欲求を、音楽と踊りで作り上げた60分のパフォーマンス作品です。
グランドピアノとカラフルなクロスが掛けられたいくつかのテーブルで構成されたミニマムな舞台装置と、約100席ほどの客席。
この小さな空間で、とてつもなくパワフルかつ人生の機微を感じる、真夜中のキッチンでの少し不思議でポップな物語が上演されました。
お腹をすかせた女の子がキッチンへ足を運ぶと、そこにはグランドピアノを演奏するキッチンクイーン、クラリネットを吹く料理人、歌と踊りで盛り上げるキッチン娘やスパイス娘、キッチンの妖精ムッターなど、ユニークなキャラクターが交錯する真夜中の厨房が広がっています。
キッチンの明るく楽しい大騒動に身を委ねる女の子。それは彼女が見ている夢かもしれないし、真夜中のキッチンは毎晩こんな様子なのかもしれない。そんな虚実ないまぜの雰囲気が、音と身体によって表現されています。
▲ワークショップ中の子どもたち
公演前日に行われたワークショップに参加した10人の子どもたちが、白い衣装を身にまとって“小さなパフォーマー”として劇に登場。
にぎやかな一晩を伝えるその役どころは、つい微笑んでしまう愛らしさでした。
つまみ食いにこっそり現れた男たちは、まるでネズミのようなすばしっこさでキッチンを走り回り、全員で調理器具を使ってさまざまな音を奏で、手拍子に合わせて体を動かす。素早い身体の動きとスロームーブメント。
緩やかさと激しさを繰り返すピアノのメロディ。そんな緩急自在な身体表現と演奏が、1日の中でもひときわ胸が高鳴り、でもどこか不安で怪しげな真夜中という時間の味わいを伝えているように思えました。
最後はイタリアの大衆歌謡“フニクリ・フニクラ”の演奏でフィナーレ。
登山鉄道の動きを身体で表現しながら、キッチンというひとところに集まり、真夜中の特別な時間を過ごした者たちが、最後に一緒になって共に歌い踊る姿こそ、私たちが見失いつつあった「共にあることの喜び」を改めて実感させてくれました。