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【レポート】仲道郁代 ピアノ・リサイタル 前奏曲 ― 永遠への兆し ―

みる・きく
会場
サントミューゼ

仲道郁代 ピアノ・リサイタル 前奏曲 永遠への兆し

2022年9月17日(土) 14:00~ サントミューゼ小ホール

 

ピアニスト仲道郁代さんは、ベートーヴェンの没後200年と自身の演奏活動40周年が重なる2027年に向けて、2018年から毎年春と秋に独自のプログラムを披露しています。

 

2022年秋のテーマは「前奏曲(プレリュード)」。次の曲があることを前提として、次の曲への「前奏」としてつくられてきた前奏曲は、時代が進むにつれて独立した楽曲として作曲されるようになりました。仲道さんは今回、ドビュッシーとラフマニノフの前奏曲を取り上げることで、「ふたりの前奏曲は『生きている感覚』を表しているように感じる。そうだとしたら、その次に来るものは何か?」と、聴衆に問いかけたいと、プログラムを構成しました。

 

ステージのスポットライトの中へ、仲道さんが登場します。

「ドビュッシーのプレリュードは、自然の様子や、古代からのときの流れなど、さまざまなものが曲の中に閉じ込められて、永遠の世界に続いていくような趣きがあります。第1巻には、風や光のきらめきが描かれていましたが、第2巻は、ありそうでいてそこにはない、でも感覚としては知っているということが音になって立ち上る。いわば幻想の世界が音になってあらわれて、永遠の命を与えられているという気がしています」

 

ドビュッシーの「前奏曲集第2巻」は12曲からなり、1曲ずつ仲道さんが感じ取った曲の手触りが一言添えられます。

 

 

ここにあるすべての物質が、水蒸気となり、境がなくなって霧になっている」という第1曲の〈霧〉からはじまり、「すべての生が失われた世界」を感じさせる第2曲の〈枯葉〉へと続きます。

 

 

第3曲は、ハバネラのリズムが印象的な〈酒の門〉。

「蜘蛛の糸の上を妖精たちが踊っているような重力のない世界」を感じるという第4曲〈妖精たちはあでやかな踊り手である〉。

「不思議と懐かしさを感じる風景」を見せてくれる第5曲〈ヒース〉。

「ありさまをユーモラスに音にして、あたかもそこにいるかのように感じさせてくれる」第6曲〈風変わりな「ラヴィーヌ将軍〉。

「古代から人の営みをずっと見つめ続けてきた月の光を描いた」第7曲〈月あかりの謁見のテラス〉。

人間との悲恋の物語というかたちで数多く語り継がれてきた水の妖精からインスパイアされた第8曲〈ウンディーネ〉、イギリス国歌が引用され、ドビュッシーのイギリス的なものへのまなざしが感じられる第9曲〈ピックウィック殿をたたえて〉、古代エジプトでミイラをつくるときにつかわれた壺がインスピレーションとなった第10曲〈カノープ〉。

第11曲は「人間が存在する前から、こういった音の動きは存在していたのではないかと感じられる」という〈交代する3度〉。そして最後の第12曲〈花火〉は、「フランス革命記念日の華やかさの中に不穏さが同居する」と仲道さんは語ります。

 

ドビュッシーは各曲のタイトルを冒頭ではなく、楽譜の最後のページの右下に控えめに記していたそうです。いずれもイマジネーションを喚起する名前がつけられてはいるものの、音楽そのものに身を浸してほしいというドビュッシーの願いが見て取れます。仲道さんの演奏はその願い通り、ドビュッシーの音楽世界を存分に味わわせてくれるものでした。

 

休憩をはさんで、後半のラフマニノフへ。

 

「ラフマニノフは敬虔なロシア正教徒だったそうです。彼は音楽とは何かと問われた時に、『それは心から心へと向かうもの。それは愛。そしてその母は悲哀』と言ったのだそうです」と言う仲道さん。最後の〈鐘〉と名付けられたプレリュードは「ロシアの人にとっては鐘の音は教会の鐘の音で、宗教的な心持ちをもたらすものと聞いたことがあります。このプレリュードたちの中に、ラフマニノフの物語をお聴きいただければと思います」と告げ、合わせて35分になるプレリュードの世界へ入ります。

 

 

理知的でありながら、情熱がほとばしる圧倒的な演奏が終わりました。客席には、高く手を挙げて拍手している方の姿が目立ち、お客様の高揚が伝わってきます。

 

アンコール1曲目は、ショパンが自身の葬儀の時に演奏してほしいと願った、24のプレリュード Op28より 第4番。

そして最後は、「プレリュードからすべてがはじまっている。そのプレリュードの永遠の世界への“兆し”として、最後にこの曲を」と、バッハの《平均律クラヴィーア曲集》第1巻 第1番の前奏曲で締めくくりました。

 

 

お客様の感想です。

最近上田に引っ越してきたばかりというご夫婦は、「ラフマニノフがとてもよかったです。新しい世界を知ることができて、感謝しています」と、リサイタルを楽しまれたようです。

友人に誘われて遠方から来たという女性は「リサイタルは、内容も演奏もすごくよかったです。サントミューゼの空間も素晴らしくて、上田はとてもいいところだと感じています」と話してくださいました。

 

 

【プログラム】

ドビュッシー:前奏曲集 第2巻

ラフマニノフ:前奏曲集 Op.23 より第2番、第5番、第7番

ラフマニノフ:前奏曲集 Op.32 より第2番、第5番、第8番、第10番、第11番、第12番

ラフマニノフ:前奏曲〈鐘〉 Op.3-2

 

【アンコール】

ショパン:24のプレリュードOp.28 より 第4番

J.S.バッハ:平均律クラヴィーア曲集 第1巻 第1番 前奏曲