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【レポート】アナリーゼワークショップ Vol.66~仲道郁代(ピアノ)~

みる・きく体験する

アナリーゼ・ワークショップ vol.66 ~仲道郁代~

開催日
時間
19:00~20:00
会場
サントミューゼ 小ホール

9月に予定されているリサイタルを前に、仲道郁代さんのアナリーゼ・ワークショップが開催されました。仲道さんのプロジェクト「The Road to 2027リサイタル・シリーズ」は、今年の春は「劇場の世界」、秋は「ブラームスの想念」がテーマです。

ピアニズムを追求するコンセプトを掲げ、お客様と近い場で普段のプログラムには入らないような曲もじっくり聴かせてくれるプログラム。ブラームスの晩年の作品を紹介します。

舞台に姿を見せた仲道さんは、落ち着いた声で「今年もこうしていらしてくださって、ありがとうございます」と、客席に挨拶します。

「今回取り上げるのは、ブラームスの心の内を書き連ねた曲です」と仲道さん。強い主張ではなく、内省的なブラームスの貌が表現されているようです。音と聴衆が対話するようなプログラムなので、「『ブラームスさん、何を考えているの?』と入り込んで聴いていただけると、リアルでしか味わえない、特別な体験をしていただけるのではと思います」と言います。

今回の4曲がつくられたのは1892~93年、ブラームス60歳の頃でした。1891年には遺書を書き、身辺整理もしています。姉や友人が亡くなり、「もう精力的には(曲を)書かない」と心情を吐露。非の打ち所のない作品に仕上げたい思いが強く、周囲に意見を求め、書き直しを厭わなかったブラームスの、晩年を強く感じさせるエピソードです。44年間手紙のやりとりを続けていたクララ・シューマン(シューマンの妻)との間に、シューマン作品の出版を巡って不和が生じ、大きな心の負担のある中で書き上げられました。仲道さんは、「“人生を振り返る”がテーマだったのではないかと想像します」と、ブラームスの当時の心境を分析します。

「7つの幻想曲 Op.116」は7つの曲でひとつのストーリーが描かれます。「人生の終わりに近づきつつあることの衝撃を感じます」。1曲目のカプリッチオは「死と結びつく調性」のニ短調。和音がぶつかりあい、心の葛藤がドラマチックに表現されます。2曲目は迷いのフレーズ。この曲を貫く、拍をまたいでずれていく下降と、渦を巻いていくような音が顕著です。

「3つの間奏曲 Op.117」は悲しみや苦悩を感じさせる曲です。「世間的には成功していたブラームスですが、心の内は分からないということがよく伝わってきます」。1曲目には、スコットランドの子守歌が添えられています。

音楽にも修辞学(レトリック)はあり、音程や調性、音型には意味があるという視点で見ます。「6つの小品 Op.118」の冒頭は、修辞学的には「懇願」を表現していると仲道さんは言います。5曲目の「ロマンス」も、コラールの中に、完全・調和を意味するオクターブで入る旋律が、愛のかたちを表わしているのだとか。しかし6曲目では、悲しみを切々と訴える様子が浮かんできます。仲道さんが、ピアノを弾きながら、言葉を添えます。

今の自分は静かで平和。振り返れば音が優しく切なくよみがえる。

いろいろなことがあった。たくさんの出会いもあった。

もしあの時、何かが違っていて、違った道を選んでいたら、

これほどの寂しさと悲しさを感じなかったかもしれない。

でも後悔はしていない。自分をなぐさめてくれるのは、自然と時の流れ。

「4つの小品 Op.119」は、「人生とはこんなにも悲しく苦しいが、讃えるべきものである(しかしつらい……)」と、仲道さんは読み解きます。4曲目はEs-Dur(エス・ドゥアー)、変ホ長調です。「エス」というのは、シューマンの頭文字「S」でもありあす。シューマンもブラームスもアルファベットと音を関連させて表現するということをしていました。「もしかしたらこのEs-Durはシューマンを現しているのではないか、とも考えています。」と仲道さん。誇らしい曲調に、シューマンへの敬愛がにじむようです。仲たがいしたクララは、「最新のピアノ小品集(Op.118、119)に免じて、私たちの友情を元のさやにおさめましょう」という手紙を、ブラームスに送りました。

仲道さんの奥深く円熟味ある楽曲分析は、リサイタル本番で音として表現されるでしょう。聴く人とブラームスの対話を促してくれるリサイタル本番が、ますます楽しみになるアナリーゼでした。