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【レポート】アナリーゼワークショップ Vol.67~菊池洋子(ピアノ)~

みる・きく体験する

アナリーゼ・ワークショップ vol.66 ~菊池洋子~
2023年9月21日(木)19:00~20:00
サントミューゼ大スタジオ

きたる11月11日(土)、サントミューゼでリサイタルを開催するピアニストの菊池洋子さん。公演に先駆けて、当日のプログラム曲を菊池さん自身が解説するアナリーゼワークショップが行われました。

今回のプログラムに名を連ねるのは、モーツァルトやバッハの名曲、ショパンの大曲である『ピアノ・ソナタ 第3番』と『子守歌』、モシュコフスキが編曲したヘンデルの曲。菊池さんが、一曲一曲を丁寧に解説してくれました。

実は同い年のバッハとヘンデルですが、たどった運命はまったく異なるものだったそう。生涯をドイツの片田舎で過ごしたバッハは、世界中から楽譜を取り寄せて勉強し、他国の音楽も自分のものにして作曲に生かしたそうです。

バッハ作曲『イタリア協奏曲 BWV971』は当時、チェンバロの練習曲として発表されました。チェンバロは鍵盤が2段あり、音質が違います。使い分けることで、オーケストラとソリストの演奏を1台でこなすように曲が書かれています。

「実際の楽器を知らずして演奏はできないと思って、コロナ禍にチェンバロのレッスンを受け始めました。それがきっかけで、バッハの音楽に魅力を感じるようになって。コロナ禍の不安な時も、寄り添ってくれたのはバッハの音楽でした。バッハの音楽は、祈りや音楽への喜びにあふれた讃歌のように感じます」

チェンバロで演奏されていた当時は、和音をアルペジオと呼ばれる奏法で弾くことによって音の「色」を見せていたこと、ペダルがなかったため指の動きで滑らかに弾くことが大事にされていたこと。主題部分を、現代のピアノより色々な音色で弾き分けていたこと。実際に各楽章の部分をピアノで弾きながら、「チェンバロで得た経験をピアノに生かしたい」と話してくれました。

モーツァルトの作品からは、『幻想曲』と『ピアノ・ソナタ 第9番』がプログラムに入っています。曲が生まれた当時は、幻想曲などを演奏してからソナタの演奏を始めることが通常だったそうで、菊池さんも演奏会においてこの組み合わせを大事にしています。

「『幻想曲』には休符(音がなくなる部分を示す記号)がたくさんあるのですが、休符の時間が音楽を一層魅力的にしていると感じています。モーツァルトの曲はすべて“対話の曲”。一つひとつの音がしっかりしていて、一つのお話を見たような気持ちになります」

モーツァルトがよく使う半音階の変化は「悲しそうな場面でも実は後ろで笑っていたり、逆に楽しそうな場面でも涙が流れていたり、表と裏を感じる」と、演奏を交えてユニークに解説。イタリアでは嘘泣きのことを「ワニの涙」と呼ぶという話も引用し、笑いを誘いました。

この曲の最後の10小節はモーツァルトは書き遺しておらず、オルガニストでありモーツァルト愛好家のアウグスト・ミュラーが付け足したという説があります。その10小節を実際に演奏した菊池さんは、「ここまでの流れを見ると、この部分は少し幼稚に感じてしまうんです。ソナタにそのままつながるように、モーツァルトはあえて未完にする意図があったのではないでしょうか」と話しました。

ソナタを作曲した年、旅先のドイツ・マンハイムである鍵盤楽器職人に出会ったモーツァルトは「完璧な楽器に出会えた」という手紙を書いているそう。その直後に書かれた一つがソナタです。

「新しい楽器に出会うと、(技術的に)色々なことが可能になります。速いパッセージを弾けるようになったことで、この曲には16分音符がたくさん使われています。それまでは、左手はいわば伴奏の役割が多かったのですが、このソナタは左手も右手と対話できるようになっているのが特徴です」

菊池さんが一番好きだという第2楽章を演奏。左手と右手が対話するような演奏を実感できました。

最後はショパン。『子守歌』は変奏曲の形式で、最初の主題が少しずつ変化しながら色々な形で現れますが、左手は最初から最後まで同じフレーズ。「揺りかごが揺れるよう」と菊池さんが表現した通り、おだやかで優しい音色です。

『ピアノ・ソナタ 第3番』は、ショパンが心身ともに弱っていた頃に作られた作品で、「タフな状況に立ち向かう、勇気のある曲。第4楽章の最後は勝利宣言のように感じます」と菊池さん。

第1楽章の冒頭を演奏。ここに登場するフレーズは、全楽章を通じて登場する重要なモチーフです。

古典派のソナタと違う注目ポイントが、始まってわずか6小節で違う調性に変わること。さらに短いスパンで変化し続けるさまを実際に演奏しながら解説し、「楽譜1ページを弾き終えるまでに、10ぐらいの色々な調性に飛んでいきます。こうした音楽の色の変化を楽しんでもらえることが、このソナタの特徴です」と話しました。

さらにショパンが愛したイタリアのオペラ作曲家、ベッリーニの影響を思わせる部分や、ショパンらしい美しいメロディーなどもピックアップして説明することで、曲の魅力を深めてくれました。菊池さんが一番好きだという第3楽章は、「ショパンが自分の人生を振り返って懐かしく思っているのかなと思わせるような、とても穏やかで美しい部分」と紹介。

第4楽章まで、聴きどころを弾きながら丁寧に解説してくれた菊池さん。参加したお客様は時折うなずきながら、興味深そうに耳を傾けている様子が印象的でした。

最後は、ショパンのワルツ2曲と子守唄、そしてライティオの「猫の子守歌」という短いワルツを演奏してくれる嬉しいサプライズ。伸びやかで美しい音色に、お客様から喜びの拍手が送られました。11月のリサイタルがいっそう楽しみになるひとときでした。