サントミューゼ(上田市交流文化芸術センター・上田市立美術館) おかげさまでサントミューゼは10周年

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【レポート】アナリーゼ・ワークショップVol.71~南紫音(ヴァイオリン)〜

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開催日
時間
19:00~
会場
サントミューゼ 大スタジオ

2024年度レジデント・アーティストであるヴァイオリニストの南紫音さん。7月27日のリサイタルに向け、7月11日夜に開催されたアナリーゼ・ワークショップの模様をレポートします。

リサイタルではふたつのソナタを中心に据え、“光と闇”をテーマとして選曲されています。そのうち3人の作曲家に焦点を当て、南さんとピアニスト・秋元孝介さんが楽曲を読み解きました。

会場の大スタジオでは、お客様と奏者との距離が近く、リラックスした空気が漂います。

まずはセルゲイ・プロコフィエフから。南さんがプロコフィエフの自伝の一節を読み上げます。「今の時代にどんな音楽が作曲されるべきか。(中略)何よりも必要とされているのは偉大な音楽である。すなわち形式も内容もともに時代の壮大さに相当するもの。(中略)私が思うには必要とされるタイプの音楽はいわゆるライト―シリアス音楽、もしくはシリアス―ライト音楽である」。聴衆がどんな音楽を望んでいるかを常に意識しながら作曲していた、プロコフィエフらしい洞察力と哲学を感じます。

今回取り上げる『ヴァイオリン・ソナタ 第1番』はヘンデルのヴァイオリン・ソナタから着想を得て、古典的な様式に則った4楽章からなるソナタです。バレエ音楽やオペラなど華やかな楽曲を作ったプロコフィエフですが、この曲は大変暗く、シニカルさとグロテスクさが漂います。初演にあたって「聴衆が椅子から飛び上がり、『奏者はおかしくなったのか』と言い合うようなスタイルで弾かなければならない」とオーダーしていたのだとか。

大変短い第1楽章は、非常に暗いピアノのモチーフではじまります。後半には“墓に吹く風”と指示があり、コラール的なピアノにヴァイオリンがヒューヒューと吹きすさぶ風を表現します。

力強くはじまる第2楽章。「打楽器的」という秋元さんと、「まるでピアノとヴァイオリンが『違う!』『そうじゃない』と対立しているような感じです」という南さん。そして、英雄的な第2主題を奏でるヴァイオリンにお気楽な雰囲気を醸すピアノ、というコントラストは風刺的だと秋元さんが指摘します。

秋元さんが「唯一ほっとできます」という穏やかで優雅な第3楽章を経て、第4楽章は8分の5拍子、8分の7拍子、8分の8拍子という複雑な拍子が繰り返されます。民謡風の素朴さが漂う中間部は少々異質です。南さんがこの曲に取り組んでいた10代の頃、ここのヴァイオリンはアコーディオンをイメージしており「家に帰ってきた時のような気持ちで弾いて」と先生から言われた言葉が強く印象に残っているそうです。

終盤は“墓に吹く風”がおぞましさを増しより激しく吹き荒れ、客席から拍手が。最後、先ほどの民謡風のパートが大変貌を遂げて終わります。「本番で全体を通して聴いていただくと、1本の映画を観たような気持ちになると思います」という南さんの言葉に期待が膨らみました。

2人目はエストニア生まれで存命の作曲家アルヴォ・ペルトです。古楽に没頭して「ティンティナブリ(鈴声)の様式」によるシンプルな和音、単純なリズム、一定のテンポを持つミニマリズム的な作品で名声を確立します。今回演奏する『フラトレス』はラテン語で「親族・兄弟・同志」といった意味で、古楽アンサンブル用に作曲され、さまざまな編成で編み直されています。南さんがホワイトボードに次のような式を書きます。

{( 7 + 9 + 11 )+( 7 + 9 + 11)+ 6 + 6 }×9

「4分の7拍子、9拍子、11拍子を2回繰り返したのちに、ピチカートの4分の6拍子、さらに4分の6拍子……というのがひとつのかたまりで、これが9回繰り返されます」と、楽譜をスクリーンに拡大しながら解説しました。言葉にすると非常に面白いつくりが見えてきて、アナリーゼの醍醐味を感じます。

3人目はベルギーの作曲家セザール・フランク。音楽を教えることに大半の時間を費やし、“天使のような父”と弟子たちに慕われていました。弟子のヴァンサン・ダンディの伝記に、南さんが心打たれた一節があります。「形式という現れは、その芸術作品の本質の有形的部分に他ならない。それは思想が外にまとっているもので、思想の目に見える“着物”の役をすべきものである。思想を先生は『音楽の魂』と呼ばれた」。正確さなどの形も大切ですが、やはり核となるのは音楽家の思想であり、それこそが音楽の魂だと論じられています。

『ヴァイオリン・ソナタ』は、大ヴァイオリニストのウジェーヌ・イザイの結婚祝いとして献呈されました。南さんは「3つの主題」と「4楽章のカノン」に着目します。フランクは主題を複数の楽章で繰り返し使うことで曲のまとまりを生む「循環形式」を発展させたことでも有名です。全4楽章の中で3つの主題がさまざまな“キャラ”に変身して現れます。カノンが高揚を生む第4楽章の解説のあと、「お互いへの思いやりが必要な曲です。……それを結婚祝いに贈ったんですね」と南さんの鋭い指摘が。客席から笑いが起きます。

ヴァイオリンはメロディに徹するこの曲、ピアニスト目線ではどうでしょうか。「オルガニストとしてのフランクを感じます。ピアノだと手が足りないくらいの和音が出てくるので、オルガンの足のペダルがイメージにあったのかもしれません」と秋元さんが答えます。

「どの作曲家も素晴らしくて、心から尊いと思っています。サントミューゼ10周年のお祝いの気持ちも込めて弾きたいです」と南さんが締めくくりました。

最後に披露したのは、当日は演目にないポンセの『エストレリータ』。恋心を描いた歌曲をヴァイオリンとピアノのアンサンブルにしており、旋律を歌うヴァイオリンが何とも切ない雰囲気を醸し出します。

リサイタルで表現されるであろう“光と闇”のイマジネーションが膨らむアナリーゼ・ワークショップでした。