サントミューゼ(上田市交流文化芸術センター・上田市立美術館) おかげさまでサントミューゼは10周年

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【レポート】南紫音 ヴァイオリン・リサイタル

みる・きく
開催日
時間
14:00~
会場
サントミューゼ 小ホール

レジデント・アーティストのヴァイオリニスト・南紫音さんは、ピアニストの秋元孝介さんとともに、上田市内の地域や小学校に美しい響きを届けてきました。集大成となる7月27日のリサイタルの模様をレポートします。

ステージに、青を基調としたドレスに身を包んだ南さんと、同系色のシャツと蝶ネクタイ姿の秋元さんが登場します。1曲目はイタリアの作曲家シモネッティの『マドリガル』。牧歌的な中に甘く麗しいメロディが光る小品です。

「オリンピック、上田わっしょいなどイベント盛りだくさんの中で来ていただいて、とても嬉しく思います」と南さんが客席に挨拶し、7月の計2回、各4日間の上田滞在を秋元さんと振り返ります。音楽を通して市民と間近で触れあう機会と、上田の食を堪能されたおふたりは、今日で最後である上田滞在が名残惜しそうです。

クライスラーの『シンコペーション』とフォーレの『夢のあとに』を続けて演奏します。黒人音楽のラグタイムを反映した『シンコペーション』は、弾むピアノにヴァイオリンの優雅なメロディが乗り、おしゃべりをしているよう。おどけた雰囲気や哀感も盛り込まれ、実に洒脱な演奏です。『夢のあとに』で一転シリアスな雰囲気に。フォーレらしい繊細さと美しさで描かれる夢から覚めたあとの切なさが、南さんのヴァイオリンで今ここにあるように立ち上ってきます。思わず唸る選曲と演奏に、4曲目への期待が高まります。

「今回は“光と闇”そして“グラデーション”がテーマです。次のプロコフィエフのヴァイオリン・ソナタは、今回のプログラムの中で最も暗く思い作品です」という南さん。子どものための音楽やバレエ音楽など親しみやすい楽曲のイメージが強いプロコフィエフですが、グロテスクさや儚さといった異色の手ざわりがあります。

ホールは照明が落とされ、曲の雰囲気を演出します。重厚なピアノの低音に、ヴァイオリンが低音のトリルで入ってくる第1楽章。厚みのある重音に導かれて一旦高まり、“墓場に吹く風”と指示されるパートでは鐘のようなピアノの響きにか細く、しかし鋭く鳴くヴァイオリンが印象的です。

「アレグロ・ブリュスコ(速く、激しく)」とある第2楽章は、ヴァイオリンとピアノが情熱的に主張し合います。最後まで相いれないスリリングな展開は、作曲家から奏者への挑戦状という趣すらあります。瞑想的な第3楽章を経て、第4楽章冒頭は移り変わる変拍子がアグレッシブさを演出。民謡風のパートをはさみ、最後は第1楽章の“墓場に吹く風”が強さを増して戻ってきました。消え入るように終わると、余韻がホールを満たします。優美ながら格闘的な演奏に、客席も圧倒されているようでした。

休憩を挟んで、後半はエストニア生まれのペルトによる『フラトレス』から。ペルトは古楽研究に没頭し独自のミニマルな音楽を確立しました。フラトレスとはラテン語で「親族、兄弟、同士」といった意味があります。

冒頭、ヴァイオリンの32分音符のアルペジオが聴く者を宗教的な世界へ誘います。ピアノは基本的に同じ音形が続き、少ない音数によって生まれる余白や余韻にペルトの真髄が宿るようです。おふたりの演奏は、心や記憶の奥深くへ潜っていく感覚に満ちていました。

最後はフランクの『ヴァイオリン・ソナタ』です。名ヴァイオリニストであるイザイの結婚を祝して献呈されたこの曲を、「サントミューゼ10周年の気持ちを込めて弾きます」と南さん。

穏やかなピアノからはじまる第1楽章は、終始夢のような美しさに彩られています。アレグロの第2楽章は激しく、高度な演奏技術が見て取れます。「レチタティーヴォ・ファンタジア(幻想的な叙唱)とあり、自由な形式が展開される第3楽章。そしてカノンではじまる第4楽章は、ヴァイオリンとピアノの“対話”に耳を奪われます。最後はまるで光に向かって駈け上って行くような演奏で大団円を迎えました。前半はとても暗かった照明が、気づけば明るく客席を照らしています。

「ブラボー!」の声が上がり、拍手する両手が何組も高く掲げられます。

アンコールはドビュッシーが18歳の時につくった歌曲『美しき夕暮れ』。この曲の詩がとても好きだという南さんが朗読をしてくれました。ヴァイオリン・ソナタの高揚をそっと鎮める演奏は、夕暮れの川べりの静けさを思わせます。

再び大きな拍手が鳴り響き、カーテンコールが続いてリサイタルは終了。終演後はホワイエにておふたりのサイン会も開催されました。

2024年1月20日の石上真由子さんのリサイタルに続いて来られたという男性は「おふたりの情熱が迫ってきて素晴らしかったです。フランクのソナタが特によかったです」と感想を教えてくれました。安曇野市から来られたご夫婦は、なんと今日が人生初のリサイタル鑑賞だったとか。「クラシックは好きでずっと聴いてきて、今日はペルトが聴きたくて来ました。生演奏は迫力が全然違っていて驚きました」としみじみ語ってくださいました。

【プログラム】

シモネッティ:マドリガル

クライスラー:シンコペーション

フォーレ:夢のあとに

プロコフィエフ:ヴァイオリン・ソナタ 第1番

ペルト:フラトレス

フランク:ヴァイオリン・ソナタ

【アンコール】 ドビュッシー:美しき夕暮れ