【レポート】第2回サントミューゼ新進演奏家リサイタル~荻原未来 パーカッション・リサイタル~
- 開催日
- 時間
- 14:00~
- 会場
- サントミューゼ 小ホール
第2回サントミューゼ新進演奏家リサイタル選考会が2023年に開催され、そこで最優秀賞を受賞したのは、東御市出身の若きパーカッショニスト・荻原未来さん。現在、昭和音楽大学大学院2年次に特待生として在学中の駿才です。今回、受賞による単独リサイタルを開催しました。田村拓也さんがピアノとパーカッションでサポートします。
暗いステージには、1台の小太鼓(スネアドラム)の白いヘッドがぼんやり浮かんでいます。1曲目は小太鼓のソロ。ニコラ・マルティンショウの『Tchik for snare drum(チック・フォー・スネアドラム)』です。Tchikとは舌打ちのこと。まずはスティックで、リムショットやロールを挟みながら変則的なリズムを刻みます。先端が丸くフェルトにくるまれたマレット、手、ブラシ、再びスティックと打つ道具を次々と変えたり、裏のスナッピー(響き線)をオフにしたり。小太鼓からこんなに多彩な音が繰り出されることに驚かされます。さらに荻原さんがスキャットのような声を出し、全身を使ったプレイへ。最後は「Tchik, Tchik, Tchik……」とつぶやきながらステージ奥へとゆっくり歩きます。 曲名どおり、舌打ちするようなリズムの曲でした。
改めて荻原さんがタンブリン片手に現れ、挨拶の言葉を述べます。昨年の受賞を受けてこの日を迎えられた感慨が伝わってきました。
2曲目はタンブリンとピアノによる『スフィンクスの誘惑』。作曲者がエジプトのオーケストラと仕事をした折、パーカッショニストからの依頼でつくられた曲です。タンブリンを五本の指で叩く、拳で叩く、ジングル(まわりの金具)だけを鳴らす……と、さまざまな技巧的に優れた奏法が。動きがだんだんダイナミックになり、「ああ、疲れた」と言わんばかりにネクタイを緩めるコミカルな姿に、客席から笑いが漏れます。踊るような身体の表情の豊かさにも目を奪われます。
前半最後は、世界初演となる『サンダー・マリンバ』の荻原さんのために作曲されたバージョンです。音大の先輩である小野史敬(ふみひろ)さんの作で、今回は小野さん自ら制作したアナログ・シンセサイザーの多重録音による電子音伴奏トラックと、マリンバ独奏の組み合わせで演奏されました。葛飾北斎の『冨嶽三十六景 山下白雨』に着想を得て、マリンバは富士山を象徴し、電子音が稲妻を表現します。ザーッという雨の音と雷鳴に、4本のマレットから繰り出されるマリンバの音が、東アジアを感じる十二律を伴いそびえ立ちます。緊張感だけでなく、マリンバの音の余韻、特に低音の響きの心地よさにも心奪われます。マリンバをめいっぱい使うダイナミックな演奏が終わると、拍手が鳴り響く中、荻原さんは作曲者の小野さんをステージに招きました。
後半は、ジーン・コシンスキの『Song and Dance for percussion duo』より『II Dance of the drum』からはじまります。荻原さんと田村さんによる“マルチ・パーカッション”で、さまざまな打楽器が並びます。田村さんの手には法螺貝が。身体の血がふつふつとたぎるような、原始的な音とリズム、そしてグルーヴが会場を席巻しました。
続いては、ピアソラの名曲『リベルタンゴ』をマリンバとピアノのために編曲した『Libertango for marimba and piano』を演奏します。4本マレットが刻む細かい音の粒が、共鳴パイプで増幅されることで独特の哀感が生まれます。マリンバの躯体や共鳴パイプを叩いたり、共鳴パイプでグリッサンド(流れるように音高を上げ下げする演奏技法)したりと、スリリングな味つけも健在です。
早いもので、最後の2曲となります。まず、ジョセフ・シュワントナーの『Velocities for solo marimba』。Velocities(ヴェロシティーズ)は「速度」を指し、楽譜のタイトルに添えられた“Moto Perpetuo(モト・ペルペートゥオ)”は「常動曲、無窮動」の意味があります。常に音が鳴っていて休符のないこの曲を、荻原さんは「クロールで息継ぎせずに10分くらい泳ぐような曲です」と表現しました。「若手にはありがたいチャンスをいただきました。これを機に東信地区を盛り上げていきたいです」と締めくくり、演奏へ。
ダイナミクスで、場面が変わっていくことが自然と分かります。絶え間ないアルペジオ(和音を構成する各音を分散して連続で演奏すること)が波のように押し寄せたかと思うと、弱音のパートでは会場がひっそりとした空気に包まれます。マリンバと、音楽と格闘しているような荻原さんの姿から、興奮が伝わってきました。
そしてイヴァン・トレヴィーノの『Strive to Be Happy』は一転、魂を慰撫するような温かく透明感のある演奏です。この曲はマックス・エルマンというアメリカの作家の詩『Desiderate(デシデラータ)』にインスパイアされています。
今の自分のすべてを出し切ったような荻原さんの表情に、客席から温かい拍手が送られます。 アンコールは小太鼓のソロで、スティックを回したりクロスさせたりと、目にも愉しい技を織り交ぜた即興演奏。客席から手拍子が湧き起こりました。
お客様の感想です。
安曇野市に住む娘さんと一緒に来られた女性は、「身近にこんなに素晴らしい人がいるなんて、嬉しいです」と話してくれました。
週刊うえだの告知を見てこられたという女性は、過去に吹奏楽部でパーカッションを担当していたそうです。「小学生の時、木琴奏者になるのが夢でした。素晴らしい演奏でうらやましいくらい。ぜひまた上田で演奏会をやってください」と、思い出をたどりながら話してくれました。
【プログラム】
Nicolas MARTYNCIOW : Tchik for snare drum
池辺晋一郎 : スフィンクスの誘惑~タンブリンとピアノのための3つの小品
小野史敬 : サンダー・マリンバ ~マリンバ独奏と電子音のための~荻原未来氏に捧ぐ
Gene Koshinski : Song and Dance for percussion duo より II Dance of the drum
Astor Piazzolla (編曲・布谷史人) : Libertango for marimba and piano
Joseph Schwantner : Velocities for solo marimba
Ivan Trevino : Strive to Be Happy
【アンコール】
奏者によるスネアドラムの即興演奏