サントミューゼ(上田市交流文化芸術センター・上田市立美術館) おかげさまでサントミューゼは10周年

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【レポート】仲道郁代 ピアノ・リサイタル

みる・きく
開催日
時間
14:00~
会場
サントミューゼ 小ホール

秋の訪れとともに、今年もピアニスト仲道郁代さんのリサイタルが開催されました。ベートーヴェン没後200年とご自身の演奏活動40周年が重なる2027年に向けて『The Road to 2027リサイタル・シリーズ』のプロジェクトを展開されていますが、2024年秋は『シューベルトの心の花』をテーマに全8曲の即興曲を演奏します。ご本人による解説が贅沢に詰まったリーフレットを手掛かりとしながら、リサイタル当日をレポートします。

仲道さんは、「この春、ベートーヴェンとシューベルトのソナタを取り上げることで、ほぼ同時代を生きた二人との違いを強く感じました」とお話します。2つの『4つの即興曲』は、シューベルト没年の前年、ベートーヴェンが亡くなった1827年に書かれました。「“存在の意義”を強く感じるベートーヴェンに対して、シューベルトは、存在は消滅の鏡像で、消滅することを理解しているから存在している。さらにその境界線が曖昧になる感覚がある」と仲道さんは分析します。

1曲目は『4つの即興曲 D899 Op.90』の第1曲『アレグロ・モルト・モデラート ハ短調』。ハ短調はベートーヴェンの『運命交響曲』や『悲愴ソナタ』のように荘重で悲愴な調性です。フェルマータとフォルティッシモが指示されたソのオクターブが響き、葬列を表わす「ターンタ」というリズムがピアニッシモではじまります。途中、シューベルトにとって特別な“自らの内なる幸福”を表わす変イ長調の和音が出現。かすかに希望の光が射すハ長調で静かに終わります。

第2曲『アレグロ 変ホ長調』は有名な曲で、三連符のパッセージが無窮動として常に動き続けていますが、第1曲の空気感が続き「時間が止まっているよう」と仲道さんは言います。神的であり悪魔的でもあるロ短調の中間部は、引き裂かれるような激しさを感じました。「シューベルトのさすらい、展開していかない、孤独とともにある世界感」という仲道さんの分析が、耳なじみのある曲に違う景色をもたらしてくれました。

精神病理学者との対談で、「ハイマート(ふるさと)」という言葉が印象的だったと語る仲道さん。「まさにハイマートを感じさせる曲です」と紹介するのは、第3曲『アンダンテ 変ト長調』。♭が6つという当時としては珍しい調で、ひたすらに美しく、「痛みとともに過去を慈しむ」ような雰囲気にあふれています。

ハラハラと音が降りてきてもやはり「進んでいかない」第4曲『アレグレット 変イ長調』。変イ短調ではじまり変イ長調に移行し、中間部はベートーヴェンの『月光ソナタ』第1楽章と同じ嬰ハ短調で暗く激しい情熱がほとばしります。最後は“自らの内なる幸福”の変イ長調で、「4曲で大きな弧を描いて」終わります。

後半の『4つの即興曲 D935 Op.142』は、ベートーヴェン没後1年のコンサートを控える中、書かれました。第1曲『アレグロ・モデラート ヘ短調』の不安そうな雰囲気は、ベートーヴェンの死、そして自らの“消滅”に思いを馳せているのでしょうか。

冒頭、ベートーヴェンの『葬送ソナタ』をなぞるような第2曲『アレグレット 変イ長調』は、葬送の大砲を想起させるところもあり、不安や哀悼の色が濃かった第1曲から、偉大な故人に改めて敬意を表す誇らしさへの変化が感じ取れます。自然と背筋を伸ばしたくなる威厳に満ちた演奏です。

第3曲『アンダンテ 変ロ長調』はシューベルトの音楽劇『キプロスの女王ロザムンデ』の“ロザムンデの主題”による変奏曲です。今回の中では唯一と言っていい、幸福感に満ちた曲です。

最後、第4曲『アレグロ・スケルツァンド ヘ短調』はラプソディ的な華やかさと激しさを備えながら、8分の3拍子のリズムはくずれ「恐ろしく居場所がない」と仲道さんは表現していました。怒涛のようなコーダは最後、急降下して8分音符のファ1音であっけなく終わります。

繰り返されるカーテンコールの拍手の音は徐々に大きくなり、お客様の感動が伝わってきました。アンコールは、シューベルトの『楽興の時』から第3番。もの悲しさと懐かしさを覚える曲を、仲道さんは丁寧に弾きます。

最晩年の2組の即興曲は、大きな喪失だったであろう亡きベートーヴェンへの思い、自身が抱えてきた痛みと人生の終局への思いが複雑に織り込まれていました。「とてつもなく特別な(シューベルトの)世界を私自身の特別な音として立ち上らせる努力をするのみ」という仲道さんの覚悟に貫かれたリサイタルは、聴く人の心の花を見事咲かせていました。

お客様の感想です。

お友だち同士で来られたふたりの女性は「仲道さんの公演は初めてで、味わい深かったです。1曲ずつコメントがあったのも理解度が高まりました」と、満足そうに答えてくれました。

近くにお住まいの男性は、「仲道さんが音楽に向き合う真面目な姿勢は、作曲家の思いを咀嚼して伝えてくれて、分かりやすかったです。地方だからこそできるかたちだと感じました」と話してくれました。

【プログラム】

シューベルト:4つの即興曲 D899 Op.90

第1曲 アレグロ・モルト・モデラート ハ短調

第2曲 アレグロ 変ホ長調

第3曲 アンダンテ 変ト長調

第4曲 アレグレット 変イ長調