【レポート】アナリーゼ・ワークショップ Vol.76~高橋多佳子(ピアノ)~
- 開催日
- 時間
- 14:00~
- 会場
- サントミューゼ 大スタジオ
ピアニストの高橋多佳子さんは、2024年度のレジデント・アーティストのおひとりです。3月のリサイタルを控え、演目をより深く理解できるアナリーゼ・ワークショップが行われました。
今回のプログラム「楽興の時」は、シューベルトの同名の作品にはじまり、初挑戦のスクリャービン、十八番のショパンで構成されています。
祝日の午後、約70名のお客様が大スタジオに集まりました。高橋さんが登場し、お客様と同じ目線の高さで挨拶をします。「今回のプログラムのここが好き、ここがいいというところをお伝えしていきたいと思います」。

ホワイトボードに「シューベルト 1797年~1828年 31才で亡くなる」と書きます。
「シューベルトと言えば、とめどなく泉のように湧き上がる楽想」と解説する高橋さんは、過去にサントミューゼで開催した「ショパン・ザ・シリーズ」がきっかけで、シューベルトが大好きになったそうです。

16歳で書いた『交響曲 第1番』の音源を聴くと、堂々たる冒頭に驚き、軽やかな部分はモーツァルトを思わせます。早熟の天才でしたが、音楽業界に理解者がなかなか現れず苦労します。それでも才能はとどまることなく、生涯で約600曲を残しました。
『楽興の時』は6曲からなるピアノ曲集で、今回は3番を弾きます。「訳が絶妙で、響きが素敵なのでリサイタルのタイトルにしました」と言い、高橋さんが好きな箇所を弾いていきます。

短調の中にふいに現れる長調や、心をぐっと掴まれる和音、また内声が醸し出す美しさなどを分析します。漠然と感じていた良さに、高橋さんの解説によって輪郭が与えられていくようでした。
そして『即興曲 第3番』です。
「私の中では最高傑作」というこの曲は、右手で弾くメロディを内声と低音で和音を浮き立たせていきます。「ここを聴くだけでうるうるっときませんか? なぜかというと、変ト長調の柔らかい雰囲気からわずか2小節で変ホ短調に変わるからです」。シューベルトの特徴のひとつである転調に加えて、内声の使い方のうまさが光ります。

シューベルトのピアノ・ソナタは全21曲あり、今回の第13番は"小さなイ長調"と呼ばれています。イ長調は「暗闇に対する最高の薬」と表現されることもある明るさが持ち味。「中学生の時に、レッスンで前の子が弾いていて印象に残っている曲です」。はじまってすぐに「運命の動機」と呼ばれる、ベートーヴェンの交響曲『運命』冒頭の4音が隠れていて、シューベルトのベートーヴェンへのリスペクトが感じ取れると言います。
そしてスクリャービンは、ラヴェル、ストラヴィンスキー、ホルスト、ラフマニノフらと同時代の音楽家です。ロマン派の影響が濃い初期、独特の音使いをはじめる中期、その傾向をさらに深めていく後期には神智学や神秘主義に関心を持ち「神秘和音」をつかった作品を遺します。

今回の『ピアノ・ソナタ 第4番』は、「宇宙のかなたに音が飛んでいく」と高橋さんは言います。高橋さんの演奏を聴くと、確かに宇宙的な響きがあります。「主題が"爆発"する最後は、当日のお楽しみに」とほほえみます。
ショパンは、和声の素晴らしさが堪能できる『練習曲第1番 エオリアン・ハープ』、若き思い人に送った『ワルツ 第9番』、そして恋人ジョルジュ・サンドの別荘でつくった『バラード 第3番』、そして高橋さんがショパンコンクール1次予選で弾いた『スケルツォ 第4番』の4曲です。

『スケルツォ 第4番』は当時あまりに難しくて苦労し、長らく弾けなかったそうです。「昨年弾いてみて、やっぱりいい曲だなと思い」、今回トライします。指に入るまでが大変な曲で、「今からドキドキしています。楽しく弾けたらいいなと思っているので応援よろしくお願いします」と締めくくりました。

今回の作曲家たちはいずれも短命ながら、たくさんの名曲を遺してきました。そのあふれる才能が刻印された作品にチャレンジングに取り組む高橋さんの姿に、リサイタル当日がますます楽しみになりました。
取材・文:くりもときょうこ