【レポート】二兎社公演48『こんばんは、父さん』
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二兎社公演48『こんばんは、父さん』
- 開催日
- 時間
- 14:00~
- 会場
- サントミューゼ 小ホール
劇作家・演出家の永井愛さんが主宰する劇団「二兎社」の公演が上田にやってきました。2012年に初演した『こんばんは、父さん』を、出演者を一新しての再演です。15日の公演をレポートします。
廃墟になった古い町工場の、割れた窓に手が差し込まれます。カギを開けて中に入る男は、風間杜夫さん演じる佐藤富士夫。

感慨深げな目で周囲を見回し、首吊り用かと見まがうロープがふいに垂れ下がると、椅子にのぼって輪に首を入れようとします。外から遠慮がちな男の声がして、竪山隼太さん演じる山田星児が登場しました。富士夫と星児のコミカルなやりとりに、客席から笑いが漏れます。
星児はラストフレンドという金融会社から借金の取り立てに来ました。とぼける富士夫に息子・鉄馬の電話番号を手に入れたと迫ると、富士夫は「ここが何だか知りたくないか?」と切り出し、自分の工場“日の出興業”で「闇金なんぞと違って、ものづくりの原点にいたんだ」と意気軒高です。一方、星児は富士夫の借金を回収できないと地獄のような研修センターに送られると戦々恐々。

息子に電話する、しないの応酬の末に星児が電話をかけると、男の声が2階から降り注ぎ……毛布をかぶった富士夫の息子、鉄馬が現れました。
借金を抱える父、取り立て屋、家族と暮らしているはずなのに家出している息子。3人の男たちが揃いました。

富士夫と鉄馬それぞれの過去が回想されていきます。鉄粉と油にまみれた旋盤屋の人生を息子に送らせたくないとお膳立てした富士夫は、投資に失敗してすべてを失った鉄馬に対し、お膳立てした甲斐がなかったと嘆きます。富士夫は富士夫で、時代の変化についていこうと勝負に出ますが、工場も家も人手に渡りひとり遁走する羽目に。「借金のカタとして、羽振りが良かった時の名残の指輪がある」という富士夫の言葉を信じた星児は、指輪が入っていると思われるたくさんの封筒を調べたかと思うと、急に強気になってふたりを脅しつけます。
星児が工場を出ていくと、富士夫と鉄馬は、お互いのダメなところをなじり合います。家に帰らず浮気する富士夫と、新しい町になじめない母さんを、思春期の鉄馬はじっと見ていたのです。すべてを自分が問題なく差配していたと思っていた富士夫に、鉄馬は母さんが生きたかった本当の姿を切々と伝えます。
そこへシュンとした星児が戻り、取り立てのお詫びと親子の再会のお祝いにとコンビニの袋を手渡し、改めて封筒に手を伸ばしました。それを見た富士夫は「指輪はない」と白状して万事休す――。

その後、鉄馬が古い工具箱から小箱を取り出します。中には認定書もついている高級腕時計が。鉄馬の子どものための虎の子だと知り、「オレの失敗はどこまで続くんだ」と自分を責める富士夫に、「父さん、飲もう」と星児からもらった缶ビールで鉄馬が促しました。空気が緩み、富士夫と鉄馬はようやくただの親子に戻ったようです。
たくさんの封筒には、富士夫が素材ごとにどう加工するかをメモした紙が入っていました。鉄馬は、子ども時代に階段の手すりにほっぺたをくっつけて父さんのことを見ていたと、当時と同じ場所から富士夫を見つめます。富士夫もその鉄馬を見つめます。

……身の丈を超えた頑張りがいつしか傲慢へと変化した富士夫。父の仕事を継ぎたいという本当の願いを押し殺して、エリートサラリーマンになるもうまくいかなかった鉄馬。闇金業にしがみつく星児。それぞれの人となりの背景まで見えてくる3人の俳優の演技は、深刻な話の中に細かく差し挟まれるユーモアが芝居にリズムを生み、つらいことと笑えることが共存するのが人生という一面の真理を浮き上がらせていました。
終演後、ホワイエには永井さんご本人も登場し、書籍を購入したお客様にサインをしたり、談笑したりして交流していました。
お客様の感想です。
親子で来場した軽井沢在住の男性は「親を大事にしたいと思いました」と話してくれました。
東京からいらっしゃった女性は、風間さんのひとり芝居が好きなのだとか。「今回はあまりないようなシチュエーションで、深刻になりそうなところで笑いがあって楽しく観ました」。上田市在住の女性は、「全員嫌なヤツでびっくりして、ラストフレンドという社名には笑いました。母さんのエピソードは、その場にいない人の話をすることが逆に伝わるのだなと感じ入りました」と話してくれました。
取材・文 くりもときょうこ
撮影:本間伸彦