【レポート】アルトノイ コンテンポラリーダンスワークショップ&バレエ特別レッスン
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アルトノイ コンテンポラリーダンスワークショップ&バレエ特別レッスン
2021年6月12日(土)
コンテンポラリーダンスワークショップ 13:00~14:30
バレエ特別レッスン 16:00~17:30
「アルトノイ」は、振付家・ダンサーの島地保武さんと舞踊家の酒井はなさんが2013年に結成したダンスユニット。
島地さんは長野県須坂市の生まれで、「Noism(新潟市)」、「ザ・フォーサイス・カンパニー(ドイツ・フランクフルト)」を経て、パフォーマンスやインスタレーション作品などさまざまな創作活動を精力的に行っています。
また、酒井さんは5歳からバレエをはじめ、新国立劇場バレエ団でプリンシパルとして数々の主演を務めた日本を代表するバレエダンサーのひとりです。
ユニット名の「アルトノイ」は、ドイツ語で「旧」を意味する「アルト」と「新」を意味する「ノイ」を合わせた造語で、古典バレエの名手である酒井さんと、コンテンポラリーダンスの名手である島地さんを表現しています。
お二人は、7月9日(金)に当館の大スタジオでコンテンポラリーダンス公演を予定していますが、今回はその関連企画として、6月12日(土)から6月13日(日)にかけて、島地さんがコンテンポラリーダンスワークショップを、また、酒井さんがバレエ特別レッスンを実施しました。
【コンテンポラリーダンスワークショップ】
島地さんのワークショップは、10代から50代までの幅広い年代の女性17名と男性3名が参加しました。日ごろからダンスをやっていることが見て取れる出で立ちの方から、ダンス経験がほとんどない方まで、経験の幅もさまざまです。
島地さんが挨拶をして、さっそくワークショップに入ります。
「赤ちゃんが生まれてから(成長していく過程)の体の動きを落とし込んだワークをやっていきます。ご自分の心地の良い場所に立ってください」。ピアノとボーカルだけの、アンビエントな音楽が静かに流れています。
まず、背中を床につけて「産み落とされたと思って」仰向けに寝ます。そこから体を丸めるように膝と肘をぐっと近づけ、あくびするように気持ちよく両手両足を伸ばします。
次は、脚をあげて反対側に落として体を横に転がしていきます。脚の重さをうまく使うと、ほとんど力を入れずに転がすことができるそうですが、うまく転がすことができなくて、苦戦している人も。
「みなさん、こどもの頃は普通にやってきたことですよ。背中の丸みを使うと楽に動けます」と島地さんが言うように、赤ちゃんが寝返りをうつような仕草です。
ここで、最初からここまでの動きをシークエンスにしてやってみます。
寝返りの次は、腹ばいになって赤ちゃんが興味のあるものに手を伸ばしているように動きます。次は「ワニの動き」で、腹ばいのまま左右交互に肘と膝をくっつけると、わき腹が左右交互に縮んだり伸びたりします。「イチ・ニ、イチ・ニ・サン」というリズムで続けますが、途中で島地さんが「ワニ・ワニ、ワニ・ワニ・ワニ」と言って参加者の笑いを誘います。
ここでようやく四つん這い。ハイハイまできました。この姿勢のまま前後に重心を移動させてからハイハイ、そして左右に重心を移動させて後ろにハイハイしていきます。さらに腰を高く上げて、ヨガの「ダウンドッグ(下向きの犬のポーズ)」のような姿勢になってから、同じ動きをします。
腰椎、仙骨、尾てい骨がじっくりストレッチされるしゃがんだ姿勢になってから、あぐらになって左右に動きます。「浮いた座骨から戻す」という島地さんの声掛けで、参加者の動きにタメが出て滑らかに見えてきます。
今度は、あぐら座りのまま両足を掴み、お尻を支点にして起き上がりこぼしのように回ります。倒れてから起き上がるのに苦労している方も・・・
「頭の重さを使ってみてください」と島地さんが声を掛けます。勢いをつけて早く回るとやりやすいですが、島地さんは「どれだけゆっくりできるかが大事です。コントロールに繋がりますよ」とアドバイス。「これも、体の丸みをうまく使うのがコツ」とのこと。
仰向けに寝て、先ほど腹ばいでやったワニの動きの別バージョンを行います。そして、仰向けから手の力を使わずに体を起こす。体の丸み、骨盤とあばら、曲げた脚を使って起きます。これまでの動きを複数組み合わせていることが分かります。
今度は、座位から逆回転するように仰向けに持っていきます。伸ばした肩をぐっと入れ込むようにして、回旋するように動いていくと、先ほどの起き上がりこぼしの時のように、回旋の途中で詰まりのようなものを感じます。「『うっ』となるところをなくしていくようにしてください」と島地さん。スッと起き上がってスッと寝る、というように反対の動きを繰り返します。スムーズさが増すと、ダンスのように見えてきます。
相撲の蹲踞(そんきょ)の姿勢になり、手の動きを追いかけて立つ、しゃがむを繰り返します。ようやく、赤ちゃんが立つところまで来ました。
ここからは、腕の動きを使って体を動かすということをやっていきます。腕は胸から動かして、腕の動きに体がつられるようにします。胸から動かすことを意識すると、腕をより大きく動かせます。
そしていよいよ、歩きだします。しゃがんだ姿勢から腕を上に伸ばし、斜め前に下ろした腕に連れていかれるように足を踏み出します・・・という言葉通りにすると、動きがギクシャクしてしまいます。島地さんの「腕を上に伸ばす時は、まるで天井を触るように」「足を踏み出す時は、後ろの肩を引いて半身になるように」というアドバイスで、参加者の動きがみるみる“ダンス”に変わっていきます。
「リズムに合わせてやってみましょう」
音楽は、島地さんがライブパフォーマンス「ありか」でコラボレートしたラッパーの「環ROY」が、タブラ(インドの打楽器)奏者「U-zhaan(ユザーン)」とラッパーの「鎮座DOPENESS」とのユニット活動で制作した楽曲「ギンビス」と「にゃー」。タブラが刻むのどかなリズムにとぼけたラップが乗る音楽の中、参加者それぞれの動きが空間を満たし、まぎれもないダンスになっていきます。
立った姿勢でクロールのように腕を動かします。何気ない動きですが、「頭と骨盤は動かさずに、あばらで8の字を描くように。8の字は体の前面と水平に動かすのではなく、立体的に動かします」と、島地さんが体の使い方を細かく指導します。
ここで休憩。気がつけば、音楽はギターのバロック音楽に変わっています。
前半の動きをふまえて、振り付けに入っていきます。「考え方的には入門編ではないんですが」と島地さんが前置きして、「そこに何かがあるように動いて」と、ジャングルジムをのぼるような動きをします。「右手の中指の指紋で、左の外くるぶしを触ってみてください」そこから連続して、即興的な動きがどんどん立ち上がっていきます。
「感じながらやることが大事」
「丁寧に」
「踊らない。ただやろうとしさえすれば、きれいになります」
「連れていくように」
「水の入った袋を叩くように、左右にスイングして」
島地さんの声掛けで、参加者の意識が変わり、動きに変化が出てきます。
島地さんは「信用できます」と言います。「ちゃんとやってくれているほうが、何かを丁寧にやってくれているというほうが、信頼できますね」踊ろうという作為なしに、とにかく丁寧に動きを感じながらなぞっていく。そういうことのようです。
「みんなでゆっくりやってみましょう。丁寧に踊ることだけをやってみてください」後半の動きを通しでやってみます。
最後に島地さんが締めくくります。
「ダンスはリズムに乗って踊ることだけではありません。今日のワークショップは、何かしようとした時の動きが踊りになるよ、という“ご招待”でした。特に皮膚感が大事なので、そこを感じながらやってみてください」
参加者は充実感が浮かぶ顔をほころばせながら、大きな拍手を島地さんに送ります。気がつけば予定の時間を少しオーバーしていて、熱量のあるワークショップとなりました。
参加者の女性は、「コンテンポラリーダンスは初めてで、とても面白かったです。音楽をやっていてダンスと合わせることもあって、ダンサーと一緒に踊るような気持ちで演奏をしていたんですが、今日のワークショップを体験して、それでよかったんだと(気づいて)嬉しい気持ちになりました」と感想を聞かせてくれました。
【バレエ特別レッスン】
続いて、16時からは酒井はなさんのバレエ特別レッスンです。この日は、バレエ経験が比較的浅い参加者向けで、小学生から大人まで19名の女性が集まりました。
本日のバレエピアニストは、長野市出身の築田佳奈さん。ピアノの生演奏でレッスンできる機会はとても貴重です。
バレエのレッスンには、バーを使ったバー・レッスンと、その後フロアで動くセンター・レッスンがあります。レッスンによって省略はあるものの、動きの順番が決まっているため、ある程度経験のある人なら、初めて指導を受ける先生によるレッスンであっても基本的に戸惑うことはありません。
酒井さん、築田さんの紹介の後、バレエのお辞儀「レヴェランス」でレッスンがスタート。片足を後ろに引き、両腕を前から横に柔らかな円を描くように滑らせ、軽く膝を曲げる優雅な挨拶です。
酒井さんが、「まずは、ストレッチからはじめます。6番からはじめるよ」と声をかけます。6番というのは、両足を揃えてつま先を正面に向ける立ち方で、いわゆる普通のニュートラルな立ち方です。
「1番(両足を180度開いてかかとをつけて立つ)の時も、脚の内側が面だとして、その面をしっかりと前に向けます。それができるようになるためにも、まず6番がしっかり立てるようにしましょう」
「いつも(レッスンで)言われているよね?お腹をしっかり入れて。肩は下げて。肘が上がりすぎてもだめだし、下がりすぎてもダメだし、いい位置で」
バーを使いながら全身をストレッチしていきます。
「ではもう一度やりましょう」
今度は、築田さんのピアノが入ります。酒井さんが参加者の動きを見て、時に手を添えてポジションを調整していきます。
「骨盤があってあばらがある。これをまっすぐのところに立てて、プラス、そこに背骨も合わせてあげると、体はまっすぐになるんだけど、どうだろう?このポジションは、おなかをしっかり入れやすいところでもあるね」
立ち方がすべての基本になるようで、正確な位置を酒井さんが丁寧に教えてくれます。
「じゃあ、プリエいきます!」
プリエは「(膝を)折りたたむ」動きで、レッスンのはじめに行う重要な準備動作です。バレエの動きと動きを繋ぎ、流れるように踊るために不可欠な動きなのです。
2番、ドゥミ・プリエ、アンナバン、グラン・プリエ、4番、アンオー・・・。膝を折りたたむ動作に、さまざまな足のポジション、腕のポジションが組み合わさって、流れるような動きを生みだします。酒井さんのお手本で動きを追ったら、各参加者が築田さんのピアノに乗って動きを再現。
酒井さんは腕の動きをアドバイスします。自分のてのひらが鏡で、そこに顔を映すように上半身を動かしていく。それだけで、参加者の上半身の動きがまったく違って見えてきました。酒井さんも「全然違う!」と嬉しそうです。
「プレゼントを贈るような、そんな気持ちがあるととてもいいなと思います」
次は、タンデュ。1~5番のポジションから、片脚を横・前・後ろのいずれかに擦るように出して伸ばす動きのことです。バレエらしい脚さばきのひとつです。
酒井さんの動きを覚えられたかどうか、不安そうな参加者もいますが、いざ音楽がはじまると、不安な表情は消え、今の自分の精一杯を動きに込めようという参加者たちの気持ちが伝わってきました。
ピアノは動きに寄り添うように音の強弱や流れの緩急があり、音楽で参加者の動きをサポートしてくれます。
バレエは常に体を長く使うことが重要で、たとえば腕を胸の高さでキープする時も、「脇をしっかり立てることで肘が落ちにくくなりますよ。肘は、ただ腕を上げるのではなく、少し肘で下に押さえるようにホールドしてください」と、酒井さんは体の使い方を細かくアドバイスします。
この後、ジュテ、ロン・ド・ジャンプと続き、バー・レッスンも中盤に差し掛かります。徐々に、脚を上げる動作など、バランスが試される動きが入ってきます。
「一番大事なのは、上げて戻ってくるところ。ここがバレリーナの見せ所です。たくさん上げたくなるけどね」と、つい上げるほうにいきがちな意識を、最後まで丁寧に動かすことに向けてくれます。
バレエは優雅な踊りですが、筋肉をとても使います。徐々に疲れが見えてきて、動作をこなすことに精一杯になってきた参加者に、酒井さんは「音楽、今すごく素敵だったけど、聴いていたかな?」と、音楽を楽しみながらレッスンすることも伝えます。
ここで一旦休憩に入ります。休憩中は築田さんがカーペンターズの「イエスタデイ・ワンス・モア」をさりげなく弾いて、参加者の心を和ませてくれました。
後半はいよいよセンター・レッスン。半分ずつに分かれて、フロアを大きく使って動いていきます。参加者は、自分の番ではない時も動きをおさらいしていて、とても熱心です。
「シルクのスカーフがフワッと動く、そんなアームズになるように、柔らかく優しく繊細に」
「どうやって丁寧に動いていこうか?それが踊りの質です」
「アームズは体から遠くを通って。ただ動かすのではなくて、まるで見えない糸が指先についているように動かすときれいじゃない?“イメージ”していることがお客さんには伝わるし、表現力の豊かさに繋がりますよ」
「小川を越えるように。思い切りやって大丈夫だから、大きく動いて。エネルギーが湧いてくる感じがとてもいいよ」
酒井さんのアドバイスは想像力を刺激してくれて、踊ることの楽しさに溢れています。
途中から4人ずつの小グループに分かれ、フロアを斜めに使って順番に動いていきます。ジャンプなどダイナミックな動きも入ります。90分みっちり体を動かすレッスンからは、バレエの美しさと、それを支える肉体の過酷さとが伝わってきました。
「今日はここまでで終わりです」
参加者から酒井さんと築田さんに大きな拍手が送られました。
「健康で、元気で踊ってください」と言葉をかけた酒井さんのもとへ、参加者がはにかみながらサインを求めに行きます。
憧れの酒井さんのレッスンは、参加者の大きな財産になったようです。