【インタビュー】群馬交響楽団音楽監督・大友直人さん
2月の第九公演に次いで、8月6日に群馬交響楽団公演を控えた指揮者の大友直人さん。この日は、小ホールでのアナリーゼワークショップを終えられた直後の貴重なお時間の中、インタビューにお答えいただきました。
2015年7月10日@大ホールホワイエ(インタビュー:サントミューゼ)
サントミューゼ(以下サ):アナリーゼワークショップお疲れ様でした。
大友さん:お疲れ様でした、ありがとうございます。
サ:実は、大友さんにお会いするのは初めてではないんです。
大友さん:そうでしたか、どちらで?
サ:県内の小学校で、当時1年生か2年生だったと思うんですが、大友さんの指揮でオーケストラが体育館に来て、コンサートを鑑賞しました。それが初めてオーケストラに触れた体験でした。
大友さん:そうですか、それは嬉しいですねえ。
どこかしらねえ、今はなくなっちゃったけど新星日響(※新星日本交響楽団)か、日本フィル(※日本フィルハーモニー交響楽団)か、あるいは新日本フィル(※新日本フィルハーモニー交響楽団)か、どれかじゃないですかね。
サ:当時、7歳とか8歳で、その歳だと落ち着いて聴いたり、観たりできない年頃だと思うんですけど、近くでの鑑賞だったこともあって、迫力というか、感動で固まったと言うか、時間が経つのを忘れたというか、そういうことも初めての経験でした。
なので、今とても緊張しております。
大友さん:(笑)
サ:では、改めましてインタビューさせていただきます。
今回のアナリーゼワークショップのようなお話はよくされていますか?
大友さん:それほど経験はありません。所謂、コンサートのプレトークという、当日のコンサートの直前にステージからお話することはありますし、長年サントリーホールで「こども定期演奏会」という定期演奏会を続けておりましたので、コンサートの中で色々お話をしていく、ということはよくありますが、コンサートと日にちを空けて事前に、コンサートに来てくださるお客様とそうでないお客様を対象にお話をするということはそれほど多くはないですね。
サ:そうなんですね、でもさすがにとてもお話が上手で、譜面を指でなぞって楽曲を追うという、贅沢な内容でした。
大友さん:ありがとうございます(笑)。
サ:チケットをお持ちになって鑑賞に来られるお客様だけでなく、クラシックがお好きなお客様、普段クラシックに親しみがないお客様にも向けて今日のようなお話をいただいて、より興味を持ってコンサートを楽しんでいただくことができるようにという主旨で、今回のような企画を行っておりますので、有名な曲でも知らないことや背景、楽曲の構成などを知ることができるのは、私たちにとっても大変勉強になります。
サ:今回のお話の中で、「展覧会の絵」についてお話いただきました。ムソルグスキーが観た「展覧会の絵」はハガキサイズの絵だったり、スケッチのような絵だったりした。そこからインスピレーションされたラヴェルの編曲によって、世界的に知られる曲となった訳ですが、大友さんはいつもタクトを振られるときに、楽曲や作曲家にどんなイメージというか、気持ちで振られていますか?
大友さん:それはね、とても面白いポイントなんですが、我々が具体的に音楽を作る、音を奏でるときには楽譜があって、楽譜を演奏家は音にしていって、音の世界を構築していくわけですが、実は楽譜自体が、作曲家が音楽をイメージしたもの、ある種の記号ですよね。楽譜という書体に置き換えた記号なわけで、作曲家が音楽そのものをイメージした、それがどういうイメージなのかということを我々が想像して具体的な音にしていく。
でも実は、作曲家がイメージした音、そもそも音楽、楽譜自体が抽象的なものなので、例えばピアノが作曲の道具(手段)になっている作曲家も多いし、ヴァイオリンや管楽器を道具にしている作曲家もいます。そういう(ピアノが作曲の手段の)作曲家がピアノ曲を作るときは、明らかにピアノの音で楽曲ができるわけですが、例えば今日紹介したラヴェルのような技術と才能を持った作曲家でも、それを楽譜に書いた時点では、実際にオーケストラで音を出すとどんな音になるかということは想像でしか書けない。オーケストラの曲を作曲している作曲家は、あくまでもオーケストラでこういう音になるだろうと想像して楽譜に書くが、音を出してみないと最終的にはわからない。しかも、オーケストラの場合、作曲家が書いた音を演奏家と言われる人たちが、その記号をより一層魅力的にお客様に届けるために、それを日夜いろんなことを考えたり、克服したりチャレンジしたりしながら、いかに楽譜が魅力的になるかということをやっているのが演奏家の仕事ですね。
今、私は、若い音楽家の皆さんと室内楽の勉強会をやっていて、弦楽四重奏を朝から晩まで勉強しているのですが、ベートーヴェンが書いた弦楽四重奏のたった2小節を皆で、ああでもない、こうでもないと。「これはチェロが強すぎるんじゃないか」「ヴィオラが大きい方がいいんじゃないか」「ここのフレーズはもっとレガートなんじゃないか」とか細かいことをやっていますが、ふと思うのは、ベートーヴェンはまさか自分が書いたこの2小節を、後の演奏家が来る日も来る日も研究しているなんて、ゆめゆめ思わずに(ベートーヴェンは)あっという間に作曲したかもしれないですよね。
つまり音楽というのは、作曲家がイメージしたものも勿論あって、その楽譜を演奏家がより一層豊かな音として奏でて、またそれを聴く人たちがどのように受け取るというのは、全部が抽象的な自然な現象なので、それを定義付けたり法則付けるのはできないし、意味がないというのが、また音楽の面白さというか不思議な魅力ですね。
例えば今日のテーマで言えば、ムソルグスキーが作ったあの旋律や音符の中には、理屈ではなしに我々が何か、ロシアという空気や何か不思議な音を感じることは確か。それがベートーヴェンの音楽を聴くと、いかつい顔をして気難しそうな肖像画がいくつか残っていますが、ベートーヴェンの音楽の中には、ものすごくエレガントで高貴で優雅な、そういう音の世界が確実に出現するんです、音楽を奏でてみると。あの空気感やセンスってなんなんだろうと。2015年、現代の東京や上田でも感じられる特別な空気感が出現して、それは我々は想像でしかないけど、もしかしたら18世紀、19世紀のヨーロッパの良い意味での洗練された、上流階級の中に漂っていた空気のようなものが、薫ってくるのかもしれませんね。
よくベートーヴェンを演奏しているとそういう感覚にとらわれますね。
もしかすると、今の現代の日本とはものすごく遠い世界の空気がそこに出現しているのかもしれないし、でもそこが音楽の面白さ、時空を超える空気がそこに再現される面白さがありますね。
サ:先ほど大友さんが、作曲家が起こした楽譜からのイメージで演奏されて、それを観客がどのように受け止めるかと仰いました。アナリーゼワークショップの中でもステージとお客様の関係、空気の交換、と仰ってましたが、やはりその部分は意識されてタクトを振られているんですね。
大友さん:そうですね。我々音楽家に限らず、舞台、ステージというのはお客様に聴いて、観ていただいて意味がある。我々はお客様が聴いてくださるから演奏し、音楽が完結するのであって、誰も聴いてもらえない、観てもらえないのに、そこで音楽を奏でたり、作品を創ったりするのは、究極的には虚しく、意味がないのかもしれません。
聴いてくださる方に何かを伝えることが最も大事なこと。お客様からすると、2時間のステージで、自分たちに精一杯の音楽的な教義、面白さ愉しさ、感動を創って欲しいということを伝えるといいですよね。
そこで客席とステージが一緒になって、2時間の公演を満足のいく豊かな時間にしようと。
ただ残念なことに、日本のクラシックの世界では不自然な形が、少し強くなっているという傾向が否めないと感じているんです。
サ:それはどういったところでしょうか。
大友さん:例えば、スポーツの世界だと、野球でも大相撲でも、観客が目の前で行われている試合などに積極的に参加しているわけです。
声援するのもそうだし、座布団を飛ばす、野次を飛ばすのもそうだし。
サ:喜怒哀楽がすごいですよね。笑
大友さん:そうそう、まさにその現場を自分たちも一緒に作っているという一体感がある。で、宴会とかでも皆で盛り上げたり、おもしろいことをやって喜んだり笑ったりする。
音楽会も基本はそこなんです。
拍手をするのも、今からステージで演奏する人に「頑張ってね」「いい演奏期待しているからね」っていう拍手をするし、演奏に対しては「感動した」「よかった、悪かった」と色々あるだろうけど、でも少なくてもお客様のために必死になってパフォーマンスをしたということへの「よくやってくれた」という拍手もある。
客席とステージの間に音楽というものだけではなくて、今から演じますよとか、演じることに期待してますよ、という意味での人間と人間との交流というものが一番の基本にある。
それがスポーツなどでは自然とできているのに、クラシックなどの演奏会になると自然の交流が出来ていないことが多いな、と。日本の音楽会では、それをとても強く感じているんです。
アナリーゼの最初にお話したのはそういうこともあって、上田のお客様にはどんな演奏会であれ、今お話した意味での、ステージと客席が、同じ時間を一緒に創り上げていくんだ、という感覚のお客様がどんどん増えて行っていただきたいし、クラシックの演奏会もそういうお客様が客席にきてくださることが自然なことだと思います。
サ:2月にもサントミューゼで第九でタクトを振られまして、今回群馬交楽団の公演が2回目になります。今お話いただいた空気感という部分で、あの時はステージにも市民合唱団が上がりましたが、その時の上田の空気感というのは如何でしたか。
大友さん:いやあ、素晴らしかったですよ。何よりも、上田の合唱団は300人ほどいたと思うのですが。
サ:そうですね、300人以上ですね。
大友さん:ですよね。それだけの合唱団が編成されたというか、参加してくださる方がいたということもすごいことでしたし、私がもっと感動したのは、クオリティがとても高かったんです。人数が多くなると色んな方が参加するので、クオリティが高いものを創るのは容易ではないんですけれど、上田の合唱団の皆さんは本当によく練習し、準備して下さって、しかも能力のある方が大勢参加して下さって、そのクオリティは瞠目に値するというか、特別なものがあったと思います。
もちろん、ホールのオープニングとか、第九とかそういう特別なものもあったと思いますが、上田の中に間違いなく、音楽を深く愛したり、奏でたりという方が大勢いらっしゃるということがわかった、一つの記念すべき大きな演奏会だったと思うので、こういうエネルギーが益々広がっていくといいですよね。
サ: 群馬交響楽団は、日本の地方オーケストラの草分け的存在かと思うのですが、今、群馬交響楽団の音楽監督をされていらっしゃいます。
地域のオーケストラを盛り上げようという中で、上田に一番近いオーケストラとして、群馬交響楽団の公演が実現するのですが、地方のオーケストラと地域の関わりというか、存在意義、在り方についてご意見いただけますでしょうか。
大友さん:今の話にもリンクするのですが、一番自分の身近なところで、上質な創造をしていくということが、日常の暮らしの中で一番大事で、意味のある、喜びに満ちたものだと思うんです。
人間の能力だとか、クリエイティブな想像力っていうのは、地域性はそんなに関係ないと思います。そういうことにどれだけ地域の人たちが、熱心に取り組んで喜びを見出すかということ。
人間が本当に真剣にものづくりをすれば、必ず魅力的なものがそこに生まれてきますから。
群馬交響楽団は日本の中でも古いオーケストラですが、高崎というまちはオーケストラを持っているまちとしては、全国的に見ると、むしろ実は極めて小さいまちなんです。その極めて小さいまちが、70年も前の昭和20年代に、オーケストラを作ってそれが今でも立派に活動しているっていうのは、これはやっぱり群馬県や高崎市の見識と、生活、文化に対する想いの結晶だと思います。私も深く関わるようになって、本当に素晴らしいことだと思います。
広い意味で、信州で、群馬交響楽団が上田との結びつきをもっともっと深めて、上田の皆さんにも、県は違いますけれど、広く言えば自分たちの地域のオーケストラだっていう想いで、群馬交響楽団を応援していただければ、これに勝る喜びはありませんね。
サ:ありがとうございます。
最後に、8月6日に公演を控え、多くのお客様が楽しみにされています。
上田市民の皆さんに、一言メッセージをいただければと思います。
大友さん:そうですね、サントミューゼは日本でも屈指の素晴らしいホールだと思います。そこで第九に引き続いて演奏できるというのは、とても楽しみにしていますし、第九の時に味あわせていただいた感動を、また上田の皆さんと一緒に再現したいな、と思っていますので、ぜひお越しください。
サ:本日はお忙しい中、お時間いただきありがとうございました。
大友さん:お疲れ様でした。
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
「本当に真剣にものづくりをすれば、必ず魅力的なものがそこに生まれてきます」
「自分たちの地域のオーケストラだっていう想いで、群馬交響楽団を応援していただければ」
その言葉には、真摯に音楽、ステージ、そして地域の芸術文化と向き合う大友さんの熱い想いが感じられました。
8月6日、サントミューゼ 大ホールでお待ちしております。
群馬交響楽団 名曲コンサート
18:15 開場 19:00 開演
チケット発売中