【レポート】『のだめカンタービレの音楽会』ピアノ版
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- サントミューゼ
2021年10月9日(土)14:00開演 サントミューゼ小ホール
毎年恒例の、マンガ『のだめカンタービレ』の世界を生演奏でじっくりと味わう音楽会。今年度のピアノ版は、主人公の“のだめ”こと野田恵のパリ留学中の情景を、ピアニスト高橋多佳子さんによるピアノ演奏と楽曲解説、原作名シーンとともに振り返ります。
同リサイタルは3回目という高橋さんの演奏は、ベートーヴェンの『ピアノ・ソナタ 第8番 ハ短調 作品13《悲愴》』の第2楽章からはじまりました。のだめと千秋先輩の出会いのシーンで奏でられる曲で、高橋さんの“生で聴く「のだめカンタービレ」の音楽会”のオープニングで定番となっています。
続いての2曲は、ブノワ家の別荘でのリサイタルで、のだめが披露した曲です。仮装するほどモーツァルト好きなブノワさんと対照的に、自由闊達なのだめはモーツァルトの音楽は制約が多いように感じられて敬遠していました。しかし、このリサイタルで『キラキラ星変奏曲ハ長調KV265』を弾いたのだめは、モーツァルトの多面性に開眼します。
この時の「楽しんで弾くので、がんばって聴いてください」というのだめの名(迷?)セリフを、高橋さんは「演奏者としては理想が詰まった言葉です」と笑顔で紹介します。
ラヴェル『水の戯れ』は、ラヴェルがパリ音楽院の学生だった時に書いたデビュー曲。水を描写した曲想は印象派そのもので、先輩だったドビュッシーはこの曲に影響を受けて模倣したとされています。高橋さんの繊細なタッチは、さまざまにかたちを変える水に心地よく洗われるような感覚を呼び起こします。
4曲目はベートーヴェンの『ピアノ・ソナタ 第31番 変イ長調 作品110』より第3楽章。この楽章は別名“嘆きの歌”と呼ばれています。「生涯32曲のピアノ・ソナタを残したベートーヴェンは、第31番を作曲した時期、心身共に疲れ果てていました。それを反映してか、裏切り、試練、落胆といった人の嘆きのすべてが込められていて、疲れ果て心もないといった状態を描いています」という高橋さん。最後は“復活のフーガ”と呼ばれる希望の光を見出すような曲想で終わります。人の世のありとあらゆる嘆きと、そこから見出す希望というコントラストを見事に弾き切りました。
休憩をはさんで、後半は12月に予定されている“生で聴く「のだめカンタービレ」の音楽会”オーケストラ版を楽しむためのミニ講座へ。
1曲目はショパン『ピアノ協奏曲 第1番 ホ短調 作品11』の第1楽章をピアノのみで演奏します。高橋さんがかつてショパン国際ピアノ・コンクールに出場した時に弾いたのも、この第1番でした。初めて演奏するコンチェルトで、ただひたすら嬉しくて第2楽章では涙をこらえるのが大変だったのだとか。
「ショパン20歳の頃の作品で、これからピアニストとして世に出るぞという野心と気概が詰まった、非常に技巧的で歌心にあふれ、若々しい勢いが感じられる曲」と高橋さんが紹介する通り、祖国ポーランド国歌と共通する伝統的なリズムを取り入れ、ショパン自身も弾くのが難しいと嘆くほどのフレーズが頻出。高橋さんのはつらつとした演奏が、高橋さんがポーランドで撮影してきたショパンゆかりの風景と合わさり、会場はショパン一色に染まります。
最後はブラームスの『ピアノ・ソナタ 第3番 ヘ短調 作品5』より第1楽章、第2楽章、第5楽章です。「室内楽ではブラームスを弾いたことはあるんですが、ピアノ・ソナタは初挑戦です。私は手が小さくて指が細いので、ブラームスは弾きこなせないと思い込んでいました」と打ち明ける高橋さん。
高橋さんのミニアナリーゼで、楽曲の構造が解き明かされて行きます。印象的なのは、ベートーヴェンの『運命』で有名な“運命の動機”が使われていることです。古典的なソナタ形式(提示部〈第1主題・第2主題〉-展開部-再現部)が採用されていて、第1主題がさまざまに顔を出していきます。
ブラームス20歳の時の作品ですが、すでに円熟味を感じさせるピアノ・ソナタです。初めてのブラームスであることをまったく感じさせない高橋さんの堂々たる演奏に、大きな拍手が送られます。今後も高橋さんのブラームスをぜひ聴きたいと思わせられる、圧巻のラストでした。
アンコールはドビュッシーの『月の光』と、ラフマニノフの『ピアノ協奏曲 第2番』より第3楽章の2曲。深い余韻を残す、満足感のあるしめくくりでした。
お母様と一緒に来られた小学生の女の子はピアノを習っていて、母娘で高橋さんのピアノのファンです。「すごかったです。迫力がありました」(女の子)、「丁寧な演奏で、ダイナミックさと繊細さがありますね」(お母様)と感想を聞かせてくれました。
高橋さんのリサイタルには必ず来るというご夫婦は、「チケット発売日に好きな席を取りました。どの曲も素晴らしく、印象に残りました」と、演奏を聴くだけでなく、見る楽しみも堪能されたようです。
オーケストラ版は12月3日(金)18:30開演。高橋多佳子さんのピアノと、茂木大輔さんが指揮する群馬交響楽団の管弦楽で、ショパンとブラームスのプログラムを演奏します。
【プログラム】
ベートーヴェン:ピアノ・ソナタ 第8番 ハ短調 作品13《悲愴》より 第2楽章
モーツァルト:キラキラ星変奏曲 ハ長調 KV265
ラヴェル :水の戯れ
ベートーヴェン:ピアノ・ソナタ 第31番 変イ長調 作品110より 第3楽章
~オーケストラ版をより楽しむためのミニ講座~
ショパン:ピアノ協奏曲 第1番 ホ短調 作品11 第1楽章より
ブラームス:ピアノ・ソナタ 第3番 ヘ短調 作品5より第1楽章、第2楽章、第5楽章
【アンコール】
ドビュッシー:月の光
ラフマニノフ:ピアノ協奏曲第2番より第3楽章(抜粋)
写真:齋梧伸一郎