サントミューゼ(上田市交流文化芸術センター・上田市立美術館) おかげさまでサントミューゼは10周年

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【レポート】サントミューゼ レジデントアーティスト事業/Baobab Re:born project vol.2『アンバランス』

みる・きく
会場
サントミューゼ

2021年1月31日(日)14:00~ at サントミューゼ 大スタジオ

 

 

ダンサーの北尾亘さんが主宰し、全作品の振付・構成・演出を行うカンパニー「Baobab」。今回の公演はタイトルに「Re:born project」とある通り、北尾さんが桜美林大学在学中の2009年に発表した作品『アンバランス』を再構築した作品です。カンパニーは上田に滞在し、サントミューゼでの2週間のクリエイションを経て本作を完成させました。

 

アンバランス=不均衡。

パンフレットには「社会の先行きに不安を覚え学生時代衝動的に創案した当時の感覚を想起し、30代になった今、改めて過去・現在・未来を見つめ直し、リクリエイションする」とあります。

2021年、新型コロナウイルスの世界的流行によって社会は誰も予想しなかった変化を遂げ、「バランス」を大きく、いびつに変えました。

ダンサーたちは、どのようなバランス感覚でこの世を乗りこなすのでしょうか。

 

 

黒一色のステージ。衣装の異なる5人のダンサー。

背後のスクリーンに映されたこんなメッセージで、作品は幕を開けます。

「Hello world」

 

ステージに響き渡るのは、読み上げソフトのように抑揚を欠いたAI(人工知能)の声。

「バランスを整えてください」

「Kick. Down. Look. Touch..」

 

人ではないその声には、不思議な強制力があります。観ている私たちも、日常生活の中で思い当たる現象です。

AIの声に合わせて、戸惑いながら呼吸をしたり体を動かしたりする5人。次第にいきいきと踊り始めた、かと思うとAIの声で突然動きを止められたり、質問を投げかけられたり、名指しでダメ出しをされたり。時に笑いも交えながら、映像と肉体がシンクロして進んでいきます。

 

美しいけれど「踊らされている」肉体はどこか不気味。このまま何か良くないことが起きてしまうのではないか、と不安を覚えます。体が見えない声に支配されている感覚、SFのような不思議な世界は、今の息苦しい社会とも重なる気がしました。

 

 

そんな状態が続いた後、AIがこう言いました。

「空間の統治を一時的に緩和します」

すると一転、鳥のさえずりや木漏れ日を感じる世界へ。5人は自由に体を動かしたり一緒に遊んだり道具を使ったり、のびのびと動きまわります。統治されていない自由な体です。

 

しかし、スクリーンに「EMERGENCY」の文字が映し出され警告音が鳴り響くと、慌てふためく5人。壊れたように踊り出す様子は、心を失ったロボットのような不気味さを感じさせました。

 

そこから、それぞれの体の躍動が始まります。

二つの肉体が対峙する緊迫したシーン、隊列で行進する集団と個人のコントラストが描かれるシーン、全身で自由に感情を表現するシーン。時に同じ動きを、時に一人ずつ自由に。集団と個のバランスも、今の社会を映し出すように感じました。

 

本作で魅了されたのは、5人のダンサーの豊かな個性です。それぞれ身体の特性や感性を生かしながら時に即興も交えたダンスは魅力にあふれ、5人全員のファンになってしまうほど。

踊るほどに、疲労するどころかより生き生きと躍動する肉体は、人間の強さ、美しさを表現しているようでした。曲が終わり、静寂の中に響いた5人の原始的な息遣いの音が印象的でした。

 

 

北尾さんは本公演にあたり、こんなコメントを寄せています。

「絶対的価値観が存在しない時代。身体はいつも、思考するよりも早い速度で、細胞レベルで順応しようとする」

「この世界に絶対的なバランスは存在しない。身体(カラダ)が教えてくれる導きに従って、たゆたうように世界へ足を踏み入れよう」

 

訪れたお客様は、こんな感想を話してくれました。

「コンテンポラリーダンスを観るのは初めてでした。ミュージカルのようにストーリー性のある作品とは違ったけれど、とてもおもしろかった」

「コロナ禍の今は人間同士の接触が敬遠される時代ですが、ステージの上では汗と呼吸が行き交っていて、元気づけられました。ウイルスを媒介してしまう私たちの体だけど、こんなにも愛おしいのかと思いました」

 

バランスとはなんだろう? 統治とは? 自由とは? コロナの時代を生きる私たちそれぞれの胸に、鮮やかな思いを残してくれました。