【レポート】FlyingTheatre空中劇場「遥かなるブルレスケ~とんだ茶番劇~」
- 会場
- サントミューゼ
劇場が街に、街が劇場に! そんな謳い文句のもと、まちなかに仮設劇場を作り上げ、通りすがりの人をも巻き込んで繰り広げる「フライングシアター」。上田市サントミューゼの芝生広場に、その空中劇場が舞い降りた。
普段は人々が憩う芝生広場の一角に、突如として現れた野外劇場・フライングシアター。
陽気なBGMが流れるなか、仮面をつけたスタッフが行き来し、前時代的な衣装を身につけた役者が時折、視界を横切っていく。
ただならぬ雰囲気に足をとめる家族連れ、何がはじまるのかと問う老夫婦。
屋根はなく、囲いはスケスケ。
開けっ広げな野外劇場から非日常感が溶け出しているよう。
迷走する台風の影響で頭上を覆う雲を気にかけながら、肌寒さをしのぐため、入口でわたされた雨ガッパに袖をとおし、開演を待つ。
楽器を手にした役者たちが幕前の音楽を奏で、そして詐欺師クリスピンを演じる串田和美さんの口上で芝居ははじまった。
「木偶(でく)人形が、人間の真似事をする。一生懸命、現実のようなふりをする。それをただ、子どもの心で笑い、楽しんでいただきたい」
客席はすでにウキウキワクワクと浮き立つよう。
この熱気が、雨雲を吹き飛ばしてくれればいいのにと願いつつ幕が上がる。
とある町に、ふたりのならず者がやって来る。
若くハンサムで根は正直者のレアンドロと、口八丁手八丁で世をわたるクリスピン。
クリスピンは、レアンドロを高貴な身分の偉大な人物であると町の人たちに思い込ませ、彼を富豪ポリチネーラの娘シルビアと結婚させようと企む。
クリスピンは下卑(げび)た召使いになりきり、まずは宿屋の主人をだまして寝食を確保する。
ついでに文無しの軍人と詩人を丸め込む。
あれよあれよの展開に弱気をみせるレアンドロに、クリスピンは発破をかける。
「男は、身体ひとつで兵隊になれる。勇気ひとつで勝利を納められる。男は、色男にも亭主にも、なんにだってなれる。上を目指せ。踏み台がなければ、俺の背中を貸してやらぁ」
粋なセリフを串田さんが吐けば、海千山千のならず者に箔がつく。
レアンドロ役の細川貴司さんは、役柄どおりの長身男前。
大尉役の近藤隼さん、詩人アレルキン役の佐藤卓さんは、コミカルな演技で笑いを誘う。
3人とも、まつもと市民芸術館を拠点に活動する若手演劇集団「TCアルプ」のメンバーだ。
そして宿屋の主人を演じる大町市出身の深沢豊さん。
登場しただけで笑いの起こる風貌が、ずるいほど喜劇にぴったりだ。
原作は、スペインの劇作家ハシント・ベナベンテ(1866-1954)の戯曲『作り上げた利害』。
舞台設定はおそらく17世紀スペイン。
海上の覇者として世界中に植民地をもち、オスマン帝国すら打ち負かし、「太陽の沈まぬ国」と謳われるほど繁栄したスペイン帝国も、イギリスに敗れ、かつての勢いをすっかり失っていた。
誉れ高き軍人も、気位高き貴夫人も落ちぶれて、詩人も商人も、誰もが愚痴っぽく、町全体が鬱屈としている。
そんななか、クリスピンの画策により、マダム・シレーナの屋敷で久々に盛大なパーティが開かれる。
マダム・シレーナを演じるのは猫背椿さん。
串田作品初出演ながら、さすがの妙演が際立つ。
その義理の姪、コロンビーナ役が下地尚子さん。彼女もTCアルプの一員だ。
パーティ会場に、派手に着飾った妻と一人娘とともに、富豪ポリチネーラが姿を現す。
娘シルビア役は佐藤友さん。人形のように愛らしい。
妻役は中国出身の李丹(り たん)さん。
大森博史さん演じるポリチネーラはなまりが強く、いかにも地方の成金らしく胡散臭い。
成り上がりのポリチネーラとクリスピンには、実は因縁があった。
クリスピンはポリチネーラに声をかける。
「ガレー船の船底で…」。聞いたとたんにポリチネーラは取り乱す。
ガレー船とは、人力でオールを漕いで進む軍艦のこと。
かつてのスペインはこの船を駆使してオスマン帝国を倒した。
漕ぎ手の多くは自由民と呼ばれる農地をもたない小作人。あるいは奴隷や戦争捕虜。犯罪者や異教徒も船底に送りこまれた。彼らは狭い空間に押し込められ、過酷な労働を強いられた。ガレー船の船底は、まさに世の底辺だった。
まだ若者だったクリスピンは、悪人ポリチネーラに、その船底で出会っていた。悪事の限りを尽くして富を手に入れたポリチネーラと、いまだ社会の底辺をさまようクリスピン。クリスピンはポリチネーラに言う。「人生はやけに重たいガレー船だ。自分はもう十分漕いだ。次はあんたに漕いでもらう」
芝居のところどころに幕間狂言が入る。道化役といえばの内田紳一郎さん、真那胡(まなこ)敬二さんと大森さん。自由劇場時代から串田作品を支えるベテラン勢のかけあいは絶妙で、センスあふれるバカバカしさに笑いが起こる。
さて、レアンドロは本気でシルビアと恋に落ちていた。かつて抱いたことのない自分の思いに戸惑い、嘘をつくことに耐えられないレアンドロを、クリスピンは叱咤激励する。
「本当のお前がばれたって、その時はまた別の本当のお前になっているだろう。いつまでも地べたを這い回っているだけじゃだめだ。今はお前が飛ぶ時だ」
レアンドロは生まれてはじめて本気で恋をして、これが本当の自分だと自覚する。
「真実を見抜くのは心の目。それをなくしたら、自分そのものが嘘っぱちになる」とクリスピンは言う。
クリスピンはガレー船の船底でも、決して自分を失わなかった。そして心の目でレアンドロの真っ当さを見抜き、自分がもつべきだった崇高な価値と、みるべきだった美しい夢を彼に託している。若かった頃の自分には望みようのなかったものを。だから彼は汚い役回りを引き受けて、レアンドロを人生の高みに導くのだろう。
やがて、すべての嘘は明るみに出て、クリスピンとレアンドロの素性がばれてしまう。舞台は大団円に向けて大きく動きだす。
公演初日は、このあたりでパラパラと雨が降ってきた。やがて本降りとなり、芝居の行方も気になるが、役者が滑って転ばないか、衣装や道具が濡れてダメにならないか、そんなことが気にかかる。あとで猫背椿さんのツイッターをみれば、彼女は雨に打たれる客席を心配していた。
そんななか強く結ばれたレアンドロとシルビア。ふたりの結婚を断固許さないポリチネーラ。なんとか結婚させて成功報酬を受け取りたいマダム・シレーナ。それぞれの損害を埋め合わせたい町の人たち。クリスピンの張りめぐらせた利害の糸は束となり、彼の思惑どおりポリチネーラを締め上げていく。
ポリチネーラは、これまでひたすら自分の利益のみを追求してきた。クリスピンは「成功したけりゃ同情より、利害関係をつくるべし」と言う一方で、「あんなに心優しい人たちに損させてばかりじゃ、さすがにフェアじゃない」と言い、だまし続けた町の人たちに報おうとする。
ポリチネーラを追い詰めたのは、実は利害関係だけではなく、人々の情もあったのではないだろうか。クリスピンが、あるべき自分の姿をレアンドロに映したように、町の人たちもまた、純粋な若者ふたりに各々を映したのではないだろうか。
小気味良い幕切れを迎え、祝宴の輪をひとり去りながら、愛すべきならず者、クリスピンはギクシャクと倒れ、やがて舞台上の人物も、ひとりずつ木偶人形に戻っていく。
夢のような芝居は終った。舞台も客席もずぶぬれになって、互いに拍手を送り合う。冷たい身体とは裏腹に、温かさが心に満ちている。終演後にスタッフの方から受け取ったタオルの温もりも、そこにつけ加えておきたい。
取材・文/塚田結子