サントミューゼ(上田市交流文化芸術センター・上田市立美術館) おかげさまでサントミューゼは10周年

JA

【レポート】鱈々(だらだら)

みる・きく
会場
サントミューゼ

李 康白 作

栗山民也 演出

『鱈々』

2016年11月6日(日)at 大ホール

 

 

暗い空間で舞台に何があるか目をこらすと、うっすらと無数の木箱が積み重ねられているのが見えてきた。

空いているスペースには2つのベッドが並べられている。

1つはいかにも清潔で、気持ちよい眠りにつけそうで、もう1つはベッドの上に物が散らばって湿度や匂いを感じそうな雰囲気だ。

突然舞台の一部が大きく開いて、朝陽のような光が差し込んだ。

 

そこでようやく、ここが倉庫なんだと気がついた。

暗い中で静けさに満ちていた空間が、ゆっくりと箱を運ぶ2人の男によって、まるで世界が動き出したような感覚を覚えた。

一体この限られた空間の中で、どんな物語が進んでいくのだろうと、目をこらしながら集中した。

 

物語の舞台は、とある倉庫。

そこで伝票に書かれた指示通りに箱を管理するジャーン(藤原竜也)キーム(山本裕典)

ジャーンは真面目で几帳面、与えられた仕事を完璧にこなす一方で、キームはそんな仕事と倉庫での生活にうんざりしている。
そんな2人の姿を観ていると、例えば母と息子、妻と夫、彼女と彼氏、先生と生徒など、私たちの生活にいくらでも当てはめられそうだと気がついた。

そうやって何かしらの“共感”を抱いた瞬間、倉庫という一見身近ではない空間やストーリーに親近感を覚えて、一気に引き込まれていった。

 

%e2%91%a3%e5%b7%a6%e3%80%80%e5%b1%b1%e6%9c%ac%e8%a3%95%e5%85%b8%e3%80%81%e5%8f%b3%e3%80%80%e6%9c%a8%e5%a0%b4%e5%8b%9d%e5%b7%b1%e6%92%ae%e5%bd%b1%ef%bc%9a%e5%bc%95%e5%9c%b0%e4%bf%a1%e5%bd%a6

撮影:引地信彦

 

そんな対照的な2人の生活や関係性をかき乱すように倉庫に出入りするミス・ダーリン(中村ゆり)と、その父親でトラック運転手(木場勝己)

しまいにはミス・ダーリンにそそのかされて、キームは伝票とは異なる箱をわざとトラックに積み込んでしまった。

 

%e2%91%a2%e5%b7%a6%e3%80%80%e4%b8%ad%e6%9d%91%e3%82%86%e3%82%8a%e3%80%81%e5%8f%b3%e3%80%80%e8%97%a4%e5%8e%9f%e7%ab%9c%e4%b9%9f%e6%92%ae%e5%bd%b1%ef%bc%9a%e5%bc%95%e5%9c%b0%e4%bf%a1%e5%bd%a6

撮影:引地信彦

シーンは変わって、二日酔いのキームのために、ジャーンは鱈の頭を入れたスープを作った。

 

%e2%91%a0%e5%b7%a6%e3%80%80%e8%97%a4%e5%8e%9f%e7%ab%9c%e4%b9%9f%e3%80%81%e5%8f%b3%e3%80%80%e5%b1%b1%e6%9c%ac%e8%a3%95%e5%85%b8%e6%92%ae%e5%bd%b1%ef%bc%9a%e5%bc%95%e5%9c%b0%e4%bf%a1%e5%bd%a6

撮影:引地信彦

 

韓国では干し鱈がよく使われるらしい。

完成したスープの鍋を覗いたキームは、「頭しか残ってないくせに、口をばっくり開けて声を上げて笑ってらあ!」とジャーンをちゃかした。

しかし、ジャーンは笑うどころか深刻な顔をして、小言を言い始めたことに苛立ちを覚えたキームは、伝票と異なる箱を積んだことを打ち明けてしまった。

数字に従うことでしか自分の存在意義を見いだせないジャーンは明らかに動揺し、そこから思い悩む日々を過ごす。
しかし、その想いとは裏腹に間違えて送られたはずの箱の持ち主からは、一向に何のアクションがない。

 

閉ざされた倉庫という小さな世界。

そこから先の世界とは何なのか。

そもそも私とは、人間とは存在しているのか。

もしかしたら、あのスープの鱈の頭のように、私たちには知能しかなく、今見えている世界は作り出されているのではないかと、鱈の頭から連想させられた。
ストーリーの核には随所に哲学的な思考が散りばめられているように感じたが、コミカルな要素も盛り込まれていた。

よって主役の藤原竜也さん、山本裕典さんによるコミカルなやり取りはまるで夫婦漫才かのように面白く、何と豊かな表現をする俳優さんなのだろうと感嘆した。

 

%e2%91%a4%e5%b7%a6%e3%80%80%e8%97%a4%e5%8e%9f%e7%ab%9c%e4%b9%9f%e3%80%81%e5%8f%b3%e3%80%80%e5%b1%b1%e6%9c%ac%e8%a3%95%e5%85%b8%e6%92%ae%e5%bd%b1%ef%bc%9a%e5%bc%95%e5%9c%b0%e4%bf%a1%e5%bd%a6

撮影:引地信彦

 

ラストシーンでは、登場人物の4人それぞれが新たな選択をした。

その先の人生に想いを馳せつつ、自分はどの人間に近いだろうと考えた。

そして、自分とは、人生とは、世界とは……と何かしら内なる声と向き合いたくなった。

 

%e2%91%a5%e5%b7%a6%e3%81%8b%e3%82%89%e6%9c%a8%e5%a0%b4%e3%80%81%e4%b8%ad%e6%9d%91%e3%80%81%e8%97%a4%e5%8e%9f%e3%80%81%e5%b1%b1%e6%9c%ac%e6%92%ae%e5%bd%b1%ef%bc%9a%e5%bc%95%e5%9c%b0%e4%bf%a1%e5%bd%a6

撮影:引地信彦

 

カーテンコールでは、いつまでも拍手がなりやまず、中にはスタンディングオベーションをしている人の姿もちらほら。

出演者の皆さんは満席となった大ホールにいる全員に感謝をするように、特に2階席から観てくれた人たちに向けて手を振っている姿が印象的だった。

 

大ホールという大きなキャパで、わずか4人しか登場しない物語。

そのハンデを軽々と乗り越える、なんとも味わい深い作品だった。