【レポート】谷古宇正彦写真ワークショップ
- 会場
- サントミューゼ
日本における舞台写真家の第一人者として業界をリードしてきた谷古宇正彦さん。
サントミューゼではこれまでに、こけら落とし公演である『真田風雲録』と、2016年1月に上演された演劇と音楽のコラボ作品『ロマン派症候群』の2作品で撮影をしていただいています。
そんな谷古宇さんの作品展「舞台写真家・谷古宇正彦 写真展」が2016年11月11日(金)~11月23日(水・祝)に大スタジオで開催され、
これに合わせ、11月20日(日)に小ホールで谷古宇さん本人による3部構成の「舞台写真ワークショップ」が行われました。
参加者は約20名。それぞれに使い慣れた愛機を持っての参加です。
第1部はサントミューゼでもおなじみである劇団太陽族の主宰で劇作家・演出家の岩崎正裕さんと谷古宇さんによる、舞台写真をテーマにした約45分間の対談。
司会は谷古宇さんと30年ほどの付き合いがあるサントミューゼの津村卓館長が務めました。
演劇との出会いは遅かったという谷古宇さん。
初めての観劇は26歳のときに観た井上ひさし氏の『藪原検校』だったそうで、このときに「演劇って面白いな」と感じて以来、この世界にのめり込んでいったと言います。
現在は客席の中央あたりに三脚を据えて撮影する撮影スタイルを確立していますが、「若いときは苦労したのではないですか」と津村館長が尋ねると「そのためには努力が必要です」
と答え、稽古場を足を運ぶことで演出家や役者と信頼関係を築くことが大切だと述べていました。
また、津村館長が稽古場で撮影する写真のポイントについて尋ねると、
「役者は写真に撮られることによって光るので、『君たちは見られてるんだ』と意識させたほうがいいですね」と谷古宇さん。
稽古場では積極的に前に出るようにしているそうで、アクティングエリアにも意識的に入ると話していました。
ちなみに、劇作家・演出家のつかこうへい氏は、役者たちに他人から見られることを意識させる目的で谷古宇さんを稽古場に呼んだこともあるそう。
当時はフイルムでの撮影だったため、谷古宇さんはカメラにフイルムを入れるふりをしてシャッター音だけを鳴らして撮影したと回想していました。
こうしたエピソードや、俳優の大滝秀治氏を撮影した際には「動物を撮影するように、最初は遠くから撮って少しずつ近づいた」といったユニークな思い出話からは、会場から笑いが
起こっていました。
そして、岩崎さんからも質問が。
「谷古宇さんはそれほどシャッターを切っていない印象があり、瞬間を見極めて撮っていると思うのですが、そのタイミングは何ですか」と尋ねると、
「本当は記録をきちんと読んでから撮ったほうがいいのだけど」と前置きしたうえで、
「照明が暗いとセリフを喋っているときに口もとがぶれてしまうんです。だから、セリフ終わりや口を開けた瞬間を気にしています」と答えていました。
なお、岩崎さんは近年のデジタル化により、舞台写真家がシャッターを切りすぎることを残念に感じているのだそう。
ただ、シャッター音も演出家や俳優と写真家との間に信頼関係があれば気にならないそうで、いかに両者の関係づくりが大切かを感じることができました。
トークショーの最後に、津村館長が「舞台写真家として一番大切にしているハート」を問うと、
「僕はいつも自分がその芝居を観る最初の客だと思っています」
と谷古宇さん。
「もっとうぬぼれると、レンズを覗いているときは『この役者たちは僕のために演じてくれているのではないか』と思っています。そうすると、すごくいい気分になれるんですね」
こう話す谷古宇さんに対し、岩崎さんが「やはり舞台写真家の条件はお芝居が好きなこと」と話すと、谷古宇さんも賛同。
「カメラマンは批評家になってはだめなんです。好きなアイドルを撮るように芝居に向かっていくといい」と話されました。
舞台を評論してしまうと、その気持ちが写真にも反映されてしまうのだそうです。
岩崎さんによると、谷古宇さんは芝居後にいつも温かい言葉をかけてくれるそうで、「最初の観客である写真家が役者や舞台を励ましてくれるのはうれしいこと」と話していました。
こうして、写真家と演出家、両方の立場からの舞台写真に対する想いを聞き、参加者は撮影における大切な要素を感じ取るかたちで第1部は終了。
第2部では、2014年からサントミューゼのレジデンス・カンパニー事業にも携わっていた
劇作家・演出家の内藤裕敬氏の戯曲『二十世紀の退屈男』より抜粋した約10分間の作品を、
これまでにサントミューゼの数々の舞台に立ってきた市民参加の役者たちがデモ公演として3回上演し、参加者はそれを撮影しました。
まずは参加者それぞれに好みの撮影位置を決定。
そのうえで、3回の上演それぞれに谷古宇さんからテーマが設けられました。
1回目は「自由に撮影」、
2回目は「映画風に人物に寄ったりすることで10分間の芝居を誰かに伝えるように」、
3回目はさらに絞り込んで「ある人物を中心的に撮る」「女性の役者のみを撮る」といったように各自で撮影ポイントを定めて。
それに先立ち、谷古宇さんからは
「上手下手ではなく、撮りたい人物がどこにいるかを捉えることが重要」
「演劇は横向きのシーンが多いが、役者が正面を向くときがチャンス」
「3人の役者が踊るシーンがあるが、ここは動きを出せるから写真がブレてもOK」
といったアドバイスが伝えられ、続いて役者が演じる前に、参加者は舞台上の照明の明るさや色の変化を確認しました。
「照明が変わるきっかけはセリフなど内部で決まりごとがあり、音響係も照明係も客席にいるので、カメラマンはその邪魔にならない場所にいなければいけません。
その近くでシャッターを多く切るとセリフきっかけのキュー(合図)が出せない場合もあるなど、劇場は制約が多いんです。
当然、役者に話しかけられないし、注文もできません」と谷古宇さん。
こうして、自由に撮影する1回目の上演が始まりました。
作品はひとつの部屋に6人の人物が登場するもので、過去の話と現在の会話が入り混じった不思議な印象です。
上演後、谷古宇さんは参加者に「オートで撮影している人はいますか」と質問。
「全体が暗いため、オートで撮影すると人物がオーバー気味(明るめ)になる可能性があります。マニュアルで撮影したほうが露出の正解度は高くなります」と話していました。
また、谷古宇さんは「なるべく人物の顔を露出の決定項にしたほうが無難です」といったアドバイスも。
カメラの測光モードや、役者の背景が暗い場合、明るい場合の絞り値の設定方法なども伝えていました。
こうした設定値は何回も失敗して経験を積むことでわかってくるそうで、「舞台ではオート機能は全く使えないと思って間違いありません」と谷古宇さん。
ただ、スポットライトで人物を追わない今回のライティングは露出の決定が難しいそうで、
「人間の目は暗いところも明るいところもよく見えるようになっていますが、
カメラマンは客席から舞台を見て自分で露出を決めるしかないので、本当は正解というものはないんです」とも話していました。
参加者からはフォーカスやホワイトバランスについての質問が。
その積極的な姿勢からは、撮影に向かう意欲が伝わってきました。
2回目の上演後には、谷古宇さんから
「3回目は役者の表情が見えるように、遠くの人も前方にきて顔のアップを狙ったらどうか」という提案が。
アングルも変えたほうが写真に違いが出るとアドバイスを送っていました。
こうして、3回のデモ公演を終え、ワークショップは第3部へ。
参加者全員の撮影データをパソコンに取り込み、ひとり36点程度の写真をスクリーンに投影した後、谷古宇さんから講評をいただきました。
まずは「全体的に露出ミスが多いのと、切り撮る部分を迷っている人が多いように見られました」との評価が。
フレーミングが曖昧だと何を撮影しているのか見る人に伝わらないため、
役者同士の関係性を捉え、セリフに対し離れた役者も反応する場合はそこまで切り撮るようにしなければならないと伝えていました。
そういう意味では、カメラマンは撮影しつつも、芝居の内容には聞き耳を立てていたほうがよいそうです。
また谷古宇さんは、撮影中は両目を開けていて、フレームに入ってくる人物を確認しているのだとか。
「芝居の展開が予測できるように、両目は開けておいたほうがいい」と話していました。
さらに「ルーズな写真が多いので、余分な空間はカットしたほうが無難」との評価も。
役者を画面いっぱいに入れるように大きく攻め込んだほうが、写真の目的がよりはっきりと伝わると評していました。
くわえて「役者の足もとが切れている写真は使いにくくなる」とも話し、中途半端にならないことも大事だと伝えていました。
三脚の使い方も「カメラを固定するものではなく補助として使い、カメラは三脚の上に載せているだけにしたほうがいい」とも。
常に縦・横・斜めと自由に動かせる状態にしておかないといけないと話していました。
最後に
「舞台写真って意外と面倒くさくて難しいでしょ。役者は決まったように動くとわかっていても複雑なんです。
なので、なかなか撮る機会はありませんが、公演がある場合は主宰者に頼むとゲネプロで撮影させてくれるかもしれません。
その場合は、できた写真を差しあげると伝えると比較的許可はおりるのではないかな。
うまくいけば仕事になるかもしれませんので、機会があったら撮ってみてください」
という言葉で締めくくり、4時間を超える充実のワークショップは終了となりました。
演劇界の第一線で活躍し続けている谷古宇氏からの直接のアドバイスや評価を受け、参加者は舞台の“瞬間”を切り撮るポイントや心構えを肌で感じたのではないでしょうか。
また、演劇の新たな魅力や舞台写真の難しさと面白さも実感したワークショップになったことでしょう。