仲道郁代 ピアノ・リサイタル「幻想曲の模様 ―心のかけらの万華鏡―」
- 会場
- サントミューゼ
9月18日(土) 14:00~ at サントミューゼ小ホール
国内屈指の実力と人気を誇るピアニストであり、サントミューゼともゆかりの深い仲道郁代さん。2018年、ベートーヴェン没後200周年の2027年に向けて「仲道郁代 The Road to 2027プロジェクト」を立ち上げました。仲道さんが演奏をするときに大切にしている20の言葉をタイトルに掲げ、旅路のようなリサイタルシリーズを10年計画で展開しています。今回のリサイタル「幻想曲の模様 ―心のかけらの万華鏡―」もそのひとつ。
「幻想曲とは、作曲家の中に沸き起こってくる“思い”を次々に書き記していく形態の音楽です。気持ちとは沸き起こるものであり、とりとめがなく、論理的でもない。心のかけらが浮かんでくる様子は、あたかも万華鏡のようです。作曲家それぞれの心模様に、ピアノの音を重ね合わせたいと思います」
ステージに登場した仲道さんは冒頭、そんなふうに語ってくれました。
ほぼ満席の客席に最初に響き渡ったのは、ブラームスのラプソディです。各国の民謡などから影響を受けたとされる曲で、激しくドラマティックな中に気持ちが乱れるような悲しみ、苦悩、さらにそれを超えたかのような穏やかさも現れ、豊かな感情を味わうことができました。
続くシューマンの「クライスレリアーナ」は、仲道さんが高校生の頃から練習している曲です。
「弾くたびに『なんて美しいのだろう』と、涙せずにはいられない曲です。最初に弾いた頃から何十年も経った今もなお涙が出ることに驚き、そして嬉しく思います」
なぜそんなにも心惹かれるのか。それは、深く傷つき胸をかきむしるような苦しみと、その痛みを天から降ってくる愛が包んでくれる、そんな救いとが交互に出てくるからなのだと思う、と仲道さん。
確かに演奏を聴いていると、迷いや希望、悲しみ、情熱と、さまざまな感情が立ち上ってくるよう。ピアノの音色が、心の叫びや歌声として響いているかのように感じられました。躍動しながらピアノに対峙する仲道さん。楽器と一体となって音を紡ぎ、思いを表現する姿は圧巻でした。
休憩を挟んで、後半はショパンの幻想曲から。
「ショパンの作品の中でも、他とは少し違う感じがする曲です」と仲道さん。他の曲のように「人に聴いてほしい」と思って書かれた印象がなく、ショパンの心の中がそのまま曲になっているような感じがするのだそう。
「この曲を聴いて感じるのは、二十歳で故郷ポーランドを離れてから一度も戻らなかった、戻れなかったショパンの心の葛藤、忸怩(じくじ)たる思いと、故郷を思う気持ちです。彼の晩年の作品の多くがそうであるように、曲の中にコラール、つまり祈りの合唱が登場します。そして遠くから行進の音が聴こえてくる。軍隊なのか、民衆なのか。その行進は曲の終盤で、より大きな音になって聴こえてきます」
重く引きずるような葬送行進曲で幕を開け、ダイナミックなメロディーへ。絶望を感じさせながらも美しく、勇ましく。情熱的で繊細で、時には踊るような軽やかな音に胸が躍ります。それは確かに、ショパンの心のありようをそのままに描き出したようでした。
リサイタルの最後を飾るのは、ロシアの作曲家スクリャービンの楽曲。哲学や神秘思想を取り入れた音楽で知られています。
「彼には壮大な宇宙のスーパーナチュラルな世界があって、そんな音を聴いていた人です。とてもおもしろいのが、音に色が見える人なんですね。音も、空気の振動によって仲間とつながっていくような」
最初に演奏した「12のエチュード Op.8より 第1番、第12番」は彼が神秘的な境地に至る前の時期の曲ですが、その片鱗を見ることができます。抒情的で華やかに、時に妖しく。美しい和音の連なりが、独自の世界を見せてくれます。
そして最後の曲は、スクリャービンの幻想曲です。
「サウンドの向こう側に、“超越した世界”が聴こえてきます。人間界では考えられないようなビッグスケールの超自然の世界、そこに向けて心が歌う。現実世界から抜け出して超越した世界を見たいと思ったのではないか、そう思わせる“音絵巻”が繰り広げられる曲です」
煌めくようなメロディー、そして時折、不思議に心を乱すハーモニー。めくるめく音の密度の高さに圧倒されます。妖しさや混沌をはらんだ美しい音は、知らない世界への扉を開くかのよう。ふいに目の前が開けて光が差し込むような瞬間もあり、スクリャービンの見ていた独特の世界を教えてくれます。
演奏後は、ホールいっぱいに大きな拍手が鳴り響きました。深くお辞儀をした仲道さんは、こう続けます。
「ありがとうございます。今日は幻想曲のプログラムですが、アンコールにショパンのノクターン第13番と第14番を演奏します。この曲はノクターンとしてはスケールが大きく、ショパンの幻想曲の世界につながっているように思います」
情緒豊かに、しだいに壮大で華やかな音世界が広がっていく第13番。そして、夜を思わせる美しくたおやかな第14番。幻想曲のようにショパンの心の縁が垣間見えるような感覚があり、きらめく音がいつまでも胸に残ります。演奏後は、いつまでも鳴り止まない拍手に包まれました。
仲道さんのリサイタルを何度も観に来ているという上田市のお客様からは、こんな感想を話してくれました。
「仲道さんはとても柔らかい雰囲気の方ですが、ピアノの音はとても力強くてしなやか。話している時と雰囲気が変わるのが印象的でした」
「プログラムには知らない曲も多かったのですが、仲道さんが曲の世界観を解説してくださったので楽しめました」
仲道さんのお話も含めて、心に残ったリサイタルでした。2027年まで、数々の美しい演奏を聴かせてくれることが楽しみです。
【プログラム】
ブラームス:2つのラプソディ Op.79より 第1番
シューマン:クライスレリアーナ Op.16
ショパン:幻想曲 Op.49
スクリャービン:12のエチュード Op.8より 第1番、第12番
スクリャービン:幻想曲 Op.28
アンコール
ショパン:ノクターン 第13番 ハ短調 Op.48-1
ショパン:ノクターン 第14番 嬰へ短調 Op.48-2