サントミューゼ(上田市交流文化芸術センター・上田市立美術館) おかげさまでサントミューゼは10周年

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【レポート】アナリーゼ・ワークショップVol.73~仲道郁代(ピアノ)〜

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開催日
時間
19:00~
会場
サントミューゼ 小ホール

日本を代表するピアニストであり、デビュー以来35年以上にわたり高い人気を集める仲道郁代さん。9月15日のサントミューゼでのリサイタルに先駆け、アナリーゼワークショップが開催されました。

「The Road to 2027リサイタル・シリーズ」として、2018年から2027年まで10年に及ぶ仲道さんの企画によるプロジェクトで、2024年秋のシリーズのタイトルは「シューベルトの⼼の花」。

「これまでシューベルトの曲はあまり演奏してきませんでしたが、『The Road to 2027』のシリーズで数曲、それから近年はいくつかの歌曲に取り組んだことで、彼の素晴らしさに開眼しました。教養が高く細やかな心持ちで、この世を超越するような世界を見せてくれる」とリサイタルに向けた意気込みを語ります。

リサイタルで演奏する「即興曲」Op.90とOp.142が書かれたのはシューベルトが亡くなる前年の1827年。彼が尊敬するベートーヴェンが亡くなった年であり、「ベートーヴェンの死、そしてシューベルト自身も病を患い、自身の死の予感も頭にあったのではないかと思います」。

ここから、シューベルトとベートーヴェンを対比させながら解説してくださいました。「ベートーヴェンはなぜ自分は存在するのかを考え、理想へと向かっていく素晴らしさを音楽の中で語る」対して「シューベルトは存在の意義を追求せず、消滅することが分かっているからこそ存在していると捉え、自分の存在は不確かなものということの上に存在を感じている。それはとても孤独であったはず」と、仲道さんは語ります。「心の花」というタイトルは、消えゆくものであるという人の心に咲く花という意味もあるのだそうです。

また音楽の調性やリズム、音の上下にはそれぞれ意味があります。例えば「 “憧れ”を表す4音の音形」など演奏しながら解説してくださいました。

「ベートーヴェンの音楽は、こうした理論と感動を同じレベルで結びつけていることが素晴らしい。一方シューベルトは、論理とは違う次元で書いています。紐解く鍵の一つは言葉です」

31年の生涯で600を超える歌曲を生んだシューベルト。どんな歌詞にどんなメロディーやリズムをつけているか、という視点で見ることができます。

実際にピアノを弾きながら、シューベルトの作品の特徴を紹介。例えば同じメロディーの反復や、使われる調性、3連符などの特徴的に使われるリズムには、すべて意味を持たせているといいます。そしてもう一つは「時間の感覚」。

「彼の音楽には過去も未来も聴こえるし、“今”も聴こえているような気がする。でも決して進んでいない、そこで止まっている。その繰り返しが多いから、聴いていて眠くなると言われるのかもしれません。けれども、先ほど話したように、存在することとしないことの境界線、そこに極まった美しさがあるのです。そのとてつもないスペシャルさをスペシャルな音で表現するのが、演奏する私のすべきことだと思います」

ここから楽曲について、調性やリズムなどを具体的に解説してくださいました。例えば「4つの即興曲 D899 Op.90」の第1番では、シューベルトが「内なる幸福」を表現した変イ長調の中に、葬送を表現したリズムがあること。「4つの即興曲 D935 Op.142」の第2番がベートーヴェンの葬送ソナタと非常に似ていて、彼の死が頭にあったのではないかと感じること。さらに第3番にはベートーヴェンの「歓喜の歌」の旋律が隠れていて、オマージュではないかと推測されること。

「曲の最後はとても速く駆け降りて、8分音符1音のスタッカートで余韻を残さずに終わるんですね。とても恐ろしい。 人生とはこんなふうに途切れるのかと。存在に確信を持てず、噛み締めることもできずただ通り過ぎて消えてしまう。そんな世界観の作品です」

シューベルトの世界観の深淵に触れ、リサイタルへの期待が高まるアナリーゼとなりました。