サントミューゼ(上田市交流文化芸術センター・上田市立美術館) おかげさまでサントミューゼは10周年

JA

【レポート】金子三勇士ピアノリサイタル 敬愛~リストが追い求めたベートーヴェン

みる・きく
会場
サントミューゼ

金子三勇士ピアノリサイタル 敬愛〜リストが追い求めたベートーヴェン
7月21日(土) 14:00~ at サントミューゼ小ホール

 

 

 

2014年から数多く上田を訪れ、コンサートやアウトリーチを行っているピアニストの金子三勇士さん。

今回のリサイタルでは、ベートーヴェンとリストという二人の作曲家を取り上げています。

 

 

ステージに登場した金子さんは、「活躍した時代は違いますが、ピアノの歴史を大きく動かした二人です」と紹介しました。

 

「ベートーヴェンより前の時代、すなわちバロック時代以前、クラシック音楽は主に教会の中で演奏され、人から神に捧げるものとして奏でられる事が多かったのです。

そのため、人間一個人の感情を表現することはある意味ご法度とされていました。

その様な時代の中、音楽の中に積極的に感情を込めるようになった革命家の一人がベートーヴェンです。

それを受け継ぎ、開花させたのが彼の孫弟子に当たるリストでした」

 

今日のプログラムでは、「人間のあらゆる感情を詰め込んだ曲をお届けします」と金子さん。

第一部がベートーヴェン、第二部がリストによるピアノ曲という構成です。

 

ベートーヴェンの最初の曲は「ピアノ・ソナタ第8番『悲愴』」。
印象的な和音で始まる第一楽章。静謐さと、怒りにも似た激しさが入り混じりながら流れる音色は、深い嘆きを思わせます。

 

 

第二楽章は聴く者を癒すように優しい旋律。「『悲愴』というタイトルの曲の中でこうした世界を描いたことが、ベートーヴェンの優しい性格を物語っている」とは、以前行われたアナリーゼ(楽曲分析)で金子さんが語った言葉です。

そうした大きな優しさの背後には、どこか強さも感じられたのでした。

 

そして第三楽章。軽やかなテンポに繊細さが宿り、悲しみの向こうに光が見えます。

ベートーヴェンは、全楽章を通して、悲しみだけでなく怒りや力強さ、優しさと、さまざまな感情を音に託したことが感じられます。

「前半にベートーヴェンのピアノ・ソナタを2曲。こんなプログラムはなかなかありません。お口直しに、ピュアでシンプルでどなたもご存知の曲を入れてみました」

そう話し演奏したのは「エリーゼのために」。「悲愴」が悲しみの中に怒りや力強さを漂わせていたのとは対照的に、美しい旋律からは純粋な切なさが伝わってきます。

 

「冒頭のフレーズが有名ですが、不思議な中間部や終わりの部分も注目です」と金子さん。

繊細に移ろうメロディーは、テレーゼを想うベートーヴェンの苦悩を表現しているようにも感じられました。

 

 

そして「ピアノ・ソナタ第14番『月光』」。
「実は『月光』というタイトルはベートーヴェンの死後につけられたもの。この曲で彼が本当に伝えたかったものは何か、タイトルをつけたなら何だったのか。そんなことを考えながら聴くと、新しい可能性や特徴が見えてきます」

静かな夜の情景を思わせる第一楽章から、軽快な中にどこか不穏さが漂う第二楽章へ。感情の高まりを感じさせる第三楽章で圧巻のラストを迎えました。

そして第二部は、リストの世界へ。

「ベートーヴェンから多くの影響を受けたリスト。彼によって音楽における感情表現がどのように開花したのか、第一部と比較してみてください」

「村の居酒屋での踊り(メフィスト・ワルツ第1番)」は、詩人ニコラウス・レーナウの作品「ファウスト」のエピソードをもとに作られた曲のピアノ独奏曲。人物が対話したり村人が踊ったりといった情景が濃密な音と超絶技巧でいきいきと描かれ、一つの芝居を観ているかのようです。

さらに「リストの感情表現は、こうした爆発的表現や超絶技巧によるものだけではありません」と金子さん。

ベートーヴェンの影響を感じさせる哲学的表現として紹介したのが、ピアノ音楽で綴った紀行文とも言える「巡礼の年《第2年:イタリア》より第2番『物思いに沈む人』」です。

鐘の音を思わせる厳かな音色。低く沈んだ音色から、叙情的な美しい音色へと展開していく楽曲は、ロダン作「考える人」の像を見て書いたと言われています。

そして最後は「ラ・カンパネラ」。

プログラムノートに記されているように、あらゆる楽器やオーケストラにも匹敵するような響きをピアノ1台で“鳴らす”ことに力を注いだリストの情熱を感じる名曲です。

ピアノは打楽器でもあるということを思わせる、ダイナミックかつ緻密な響き。

演奏が終わるや、会場は大きな拍手に包まれました。

 

 

アンコールでは、リストの親友であり影響を与えあったショパンの作品、そして金子さんが数多く上田で演奏している「ハンガリー狂詩曲 第2番」を演奏。

「今、全国各地でさまざまな自然災害が起きています。私たち音楽家ができることは、昔の芸術家たちが残してくれたものを通して人々に何か伝えること、時に寄り添うこと。そんな思いで届けます」

時を超えて私たちに語りかけ、心を揺さぶる音楽の素晴らしさを感じたひととき。

演奏後、会場からは大きな拍手が送られました。

 

 

終演後に行われたサイン会には長い列が。

明るくフランクな金子さんとの触れ合いを楽しんだお客様からは、「繊細なのに迫力があって感動した」「初めて金子さんの演奏を聴いたが感動した。お話も分かりやすく、最初から最後まで引き込まれた」「ベートーヴェンのロマンチックな響きがリストに受け継がれていることを、お話を聞いて実感した」などの声が聞かれました。

 

 

 

【プログラム】
〈第一部〉
ベートーヴェン:ピアノ・ソナタ第8番「悲愴」
ベートーヴェン:バガテル「エリーゼのために」
ベートーヴェン:ピアノ・ソナタ第14番「月光」

〈第二部〉
リスト:村の居酒屋での踊り(メフィスト・ワルツ第1番)
リスト:巡礼の年《第2年:イタリア》より第2番「物思いに沈む人」
リスト:パガニーニによる大練習曲より第3番「ラ・カンパネラ」

〈アンコール〉
ショパン:夜想曲20番(遺作)
リスト:ハンガリー狂詩曲 第2番