【レポート】金子三勇士~アナリーゼワークショップ vol.24
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アナリーゼ(楽曲解析)ワークショップVol.24 金子三勇士ピアノリサイタル関連プログラム
お話:金子三勇士
7月4日(水) 19:00~ at サントミューゼ小ホール
日本人の父とハンガリー人の母のもとに生まれ、6歳からハンガリーでピアノを学んだピアニストの金子三勇士(かねこ・みゆじ)さん。 来たる7月21日(土)に行われるリサイタルのテーマは「敬愛〜リストが追い求めたベートーヴェン」です。巨匠ベートーヴェン、そして金子さんのもう一つの故郷ハンガリーに生まれたリスト。二人の関係をたどって見えてくる、それぞれの音楽と人生に迫るプログラムです。この日のアナリーゼでは、歴史や曲の解説を通して二人の関係性を紐解いていきました。
18世紀から19世紀に生き、ウィーン古典派の後期から初期ロマン派の橋渡しの存在と言われるベートーヴェン。一方のリストは、ロマン派の音楽家として知られています。
「時代があまり重なっていないため、二人は何の関係もないと思うかもしれません。でも実は、一つの糸でつながっているのです」
スクリーンにはクラシック音楽史の年表が映されています。
17世紀〜18世紀半ばのバロック音楽は「神に捧げるもの」とされていましたが、ベートーヴェンの時代から人間の感情やドラマが音楽で表現されるようになり、彼はその第一人者と言えるのだそう。 ベートーヴェンはどのように音楽で感情を表現したのか。ここで金子さんは、21日のプログラムにもある「ピアノソナタ第14番『月光』」第1楽章の冒頭、憂いを感じる美しいメロディーを演奏しました。
続けてもう一曲、あえて何も説明せずワンフレーズだけ演奏。重く悲しみが漂う旋律は、どこか先ほどの「月光」と似ている気がします。
「ここでクイズです。こちらも同じベートーヴェンの曲だと思いますか?」
客席の反応は二つに分かれましたが、正解はリスト。
「リストというと華やかな曲のイメージが強いですが、こうしたディープな世界観を、彼は間違いなくベートーヴェンから得ているんです。 『月光』というタイトルは、ベートーヴェンの死後につけられたもの。月光というイメージを除いて聴くとこの曲は切なくディープで、時に怒りや情熱をも表現する彼の姿が見えてきます」
ここでさらにベートーヴェンの「ピアノソナタ第8番『悲愴』」の一部分を演奏。冒頭から重く悲しいこの曲こそ『月光』のイメージと近いのではないか、と話しました。
さらに、『悲愴』で最も有名な第2楽章も披露。こちらは第1楽章とは一転、優しく美しいメロディーです。続けて弾いたリストの名曲「愛の夢」は、これとまったく同じ調で書かれています。
こうして音楽でつながっていたベートーヴェンとリスト。二人は一度だけ、実際に会ったことがあるそう。二人をつないだのが、ベートーヴェンの弟子でありリストの師匠であるチェルニー。つまりリストは、ベートーヴェンの孫弟子にあたります。
「少年リストはベートーヴェンに大きな憧れを抱いていたはず。その彼に出会えた経験は、相当大きな出来事だったのでしょう」
ベートーヴェンといえば交響曲がよく知られていますが、リストはなんと彼の交響曲全9曲を丸ごとピアノの独奏曲にアレンジしています。「オーケストラの80人、90人分の演奏パートをすべて理解し、できるだけ漏れなくピアノの旋律に変える。普通の人なら一生涯かかっても困難なことです」
なぜそんな大変なことに取り組んだのか。
そこにはリストの「一人でも多くの人に、敬愛するベートーヴェンの音を伝えたい」という想いがありました。CDのような音源がなかった当時、音楽を聴く唯一の手段は演奏会に足を運ぶこと。とはいえ、オーケストラの演奏会が行われるのは都市部のみ。「ピアノ1台なら地方にも持って行ける」と考えたリストは、オーケストラをピアノ版にアレンジしたのです。
実際に「交響曲第9番」のピアノ独奏曲を披露した金子さん。ピアノ1台でオーケストラのハーモニーを再現する、圧倒的な音の密度!鍵盤の上を華やかに駆け巡る手の動きにも目を奪われます。
超絶技巧奏者リストだからこそ為し得たアレンジに、当時の聴衆も圧倒されたことでしょう。
ベートーヴェンの時代に現代のような大きなピアノはなく、チェンバロやフォルテピアノという楽器が使われていました。現在のピアノより音が小さくて音数も少なく、独奏ではなく伴奏に使われることが主だったそう。
「そんな楽器から『月光』や『悲愴』が生み出されたのです。いかに作曲家がパッションを持っていたのかが伺えます」
リストは何年も楽器職人の元に通い、従来より音数が多く大きな音が出せる「リストピアノ」を作ることに成功しました。
それにより表現の幅が広がり、歴史上初めてピアノだけのコンサート、すなわち「ピアノリサイタル」を実現したのです。そうした動きから他の作曲家もピアノ曲を作るようになり、メーカーもさらに精度を高める良い循環が生まれていきました。
「21日のリサイタルでは現代のピアノだからこそ表現できる音の強弱や解釈を通して、人間の様々な感情を味わってほしい。こうした音楽が現代に残っているのは、ベートーヴェンやそれを受け継いだリストがいたからということを実感していただければ」
最後に、リサイタルの曲目からリストの「村の居酒屋での踊り」の一部を演奏。ドラマチックな感動で会場が包まれました。リサイタルでは二人の音楽の世界をより深く楽しませてくれることでしょう。