【レポート】加藤文枝 チェロリサイタル 〜作曲家からのラブレター〜
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加藤文枝 チェロリサイタル 〜作曲家からのラブレター〜
2019年1月26日(土)14:00開演 at 小ホール
春を思わせる淡い色のドレスで登場した、チェリストの加藤文枝さんとピアニストの小澤佳永さん。
最初の曲は、作曲家エルガーが妻との婚約記念に贈った「愛の挨拶」。今日のテーマにぴったりの一曲です。
ピアノやヴァイオリンでの演奏を聴くことが多い曲ですが、チェロの温かく叙情的な低音からは、深い愛情が伝わってくるようでした。
昨夜、上田に到着したという加藤さん。雪予報を心配していたものの、「晴れてよかったです」と笑顔で話してくれました。
「寒い季節は心も温かくなりたいもの。少し気が早いですがバレンタインにもちなんで、今日は副題に“作曲家からのラブレター”とつけました」
続いてはシューベルトの楽曲。亡くなる4年前に作られたこの曲には、死の予感がうかがえると言われています。
「だからこそ、ありふれた今日を大切に生きようという慈しみがあふれていると感じます。いつもそばにいてくれるかけがえのない人に感謝する気持ち。今日はみなさんも素朴な気持ちに帰って聴いていただけたら」
美しい旋律に憂鬱さを宿す曲からは、12月のアナリーゼ(楽曲解析)ワークショップで加藤さんが解説してくれた通り、「和声の魔術師」と称された彼の魅力が伝わってきます。
第3楽章にはシューベルトの故郷オーストリアのチロル地方を思わせるゆったりとしたメロディーが現れ、遠い昔を思い出すような切なさが漂います。
次はパガニーニの曲。ヴァイオリニストとしても有名だった彼が作った曲の多くは、「ヴァイオリンを弾く自分がいかに輝けるか」をもとに作られていると加藤さん。
この「モーゼの主題による変奏曲」も元はヴァイオリンとピアノの曲です。加藤さんはチェロで演奏しますが、4本あるチェロの弦のうち最も音が高い「A(アー)線」のみで演奏するのだそう。
華麗に、メランコリックに、勇壮に、陽気に。豊かに表情を変える楽曲は華やかで躍動的で、高度な技巧も目を奪います。
甲高い音や弦を激しくこする音など多彩な音色がチェロの幅広い表現力を感じさせ、演奏後の客席からは、大きな拍手に混じって感嘆の声もあがっていました。
休憩を挟んで後半はシューマンから。「二面性がある」と評される彼ですが、この「アダージョとアレグロ 変イ長調 Op.70」は「妻となるクララへの愛情など良いものだけを凝縮し、100%ロマンティックに作られています。それがかえって、この曲の狂気を浮き立たせているのではないかと思います」と加藤さん。
甘美で叙情的な旋律はみずみずしく、彼の純粋さを感じさせます。
最後はショパンの「チェロ・ソナタ ト短調 Op.65」。シューマンが「花束の中に隠された大砲」と評した彼は甘いメロディーを紡ぐ印象が強いですが、ポーランド人という出自ゆえ、社会情勢に翻弄されて暗さを抱えた面もあるのだそう。
「『チェロ・ソナタ ト短調 Op.65』にも彼の激しい気質が垣間見えます。けれど血しぶきが飛ぶような激しい部分も、決して血生臭くない。よく見たらそれは赤いバラの花びらだった、というような曲。ショパンはきっと、美しいものを愛した作曲家だったのだろうと思います」
夜明け前の空を思わせるようなメランコリックで透明感あふれる第1楽章。ピアノとのドラマチックな調和も見事です。
第2楽章は凛とした美しさをたたえ、危うささえ感じる和声から、緊張がほどけていくような優美なメロディーへと変化していきます。
そして神々しささえ感じる大らかな第3楽章。第4楽章はダイナミックな中に繊細な和声が絡み合い、体を委ねたくなるような雄大で心地いいハーモニーでフィナーレへ。客席からは、この日一番の大きな大きな拍手が送られました。
終演後、訪れたお客様からは「チェロのリサイタルは初めて聴いたが、とても良かった」「曲の間のお話からも、加藤さんの人柄が伝わってきてよかった」との声が聞かれました。
寒さが厳しい日でしたが、作曲家の思いを乗せた演奏が心を温めてくれました。
【プログラム】
〈第一部〉
エルガー:愛の挨拶
シューベルト:アルペジョーネ・ソナタ イ短調 D821
第1楽章 アレグロ・モデラート
第2楽章 アダージョ
第3楽章 アレグレット パガニーニ:モーゼの主題による変奏曲
〈第二部〉
シューマン:アダージョとアレグロ 変イ長調 Op.70
ショパン:チェロ・ソナタ ト短調 Op.65
第1楽章 アレグロ・モデラート
第2楽章 スケルツォ,アレグロ・コン・ブリオ
第3楽章 ラルゴ
第4楽章 フィナーレ,アレグロ
〈アンコール〉 フォーレ:夢のあとに