【レポート】「Le Père 父」
- 会場
- サントミューゼ
「Le Père 父」
2019年3月2日(土)・3(日) 14:00開演 小ホール
作:フロリアン・ゼレール
演出:ラディスラス・ショラー
撮影:引地信彦
フロリアン・ゼレール作、ラディスラス・ショラー演出、世界30カ国以上で上演され、フランスの演劇賞・モリエール賞最優秀脚本賞など各国で賞を受けた作品の日本初演。
東京公演に続き、サントミューゼで2日間上演しました。
認知症の症状が出はじめた父・アンドレを橋爪功さんが、その娘アンヌを若村麻由美さんが。
二人の周辺の人々を元宝塚歌劇団トップスターの壮一帆さん、舞台やドラマで活躍している太田緑ロランスさん、そして実力派俳優として定評のある吉見一豊さんと今井朋彦さんが演じます。
舞台のテーマに合わせ、小ホールのホワイエには上田市福祉部高齢者介護課による地域包括支援センターや認知症サポート医、オレンジカフェの紹介など、認知症関連情報を掲示。
認知症対応ガイドブックなどの資料も置いてあり、興味深そうに手に取り持ち帰る人も多くいました。
ステージにはテーブルセットが一つ。そして開演とともに暗転し、スポットライトが灯るとそこにはソファに座る父アンドレの姿がありました。
アンドレが1人で暮らすアパルトマンに娘のアンヌがやってきます。
アンドレの面倒をみていた看護師が泣きながら電話をかけてきたと駆けつけたのです。
自分は1人でも大丈夫だと言い張るアンドレに不安を隠せないアンヌ。
なぜわかってくれないのかと、つい言い争いになってしまいます。
そして音楽とともに暗転。
先ほどの話の続きから始まるかと思っていたら、まったく別のシーン。
アンドレを軸に登場人物は変わらないのに、先ほどとは演者も状況も変わっています。
アンドレの目の前に突然現れた男はアンヌの夫で結婚してもうすぐ10年になるといいます。
驚きつつもなんとか納得しようとするアンドレ。
時折、繰り出される皮肉めいたセリフや、わからないことを何とかごまかそうとするセリフに会場から笑いがおこります。
そこに現れた壮一帆さん演じるアンヌ。再び驚きながら「アンヌはどこだ?」と聞くと「ここにいるわよ」と答えが返ってきます。
違うような、あっているような。混乱するアンドレ。なんとか普通の会話を続けていくと、今度はアンヌに夫はいない、5年も前に離婚したといいます。
いったい何がどうなってしまったのか…。
そしてまた音楽とともに暗転します。
暗転するごとにアンドレのアパルトマンの部屋であったり、娘のアパルトマンの部屋になっていたり。
離婚したはずの娘が夫と名乗る男と一緒に暮らしていたり…。
10年後の話になっていたり、翌日の話であったり。
いったいどの話が本当で、どの人が本当の家族なのか…。
場所や人、時間軸がずれ、つじつまの合わないストーリー。
認知症により記憶が混濁するアンドレの視点で物語が展開していきます。
自分は元気だ、一人でも大丈夫だと自信を持つ父。そんな父を愛しつつも介護の大変さや、その辛さを父が理解してくれないという娘のもどかしさ。
そして認知症というだけで、アンドレを小さな子ども扱いする看護師。
さらに娘のパートナーから繰り出される辛辣な言葉…。
見ている誰もが父と娘、そのパートナー、どの立場にもなり得ると、疑似体験するかのように観客を物語に引き込んでいきます。
そしてラストシーン。
ついに自分の名前を忘れ「ママンに会いたい、おうちにかえりたい」と心が退行してしまったアンドレ。
「葉っぱが全部落ちてしまった気がしたんだ。次から次へと。私の木の葉っぱが」。
記憶が葉っぱのように1枚、また1枚と消え落ちていくと、悲哀に満ちたアンドレのセリフ。
看護師に付き添われ、背中を向けて立つアンドレの姿はとても小さく見えました。
強い父から少しずつ変化していく様子を、微妙な言葉のやりとりや、衣裳、演技で表現。
笑いあり、はっとさせる場面ありと、年齢を経た親と子の関わり方を改めて考えさせる「哀しい喜劇」。
観た人それぞれが、いろいろな立場で、さまざまな思いを感じるとる舞台となったのではないでしょうか。