【レポート】仲道郁代ピアノ・リサイタル~シューマンの夢~
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仲道郁代ピアノリサイタル 〜シューマンの夢〜
10月7日(月) 19:00~ at サントミューゼ小ホール
ピアニストの仲道郁代さんによるリサイタルが、今年もサントミューゼで行われました。
今回はオール・シューマン・プログラム。
仲道さんはコンサート冒頭、
「シューマンには独特の美しい世界があり、青春の作曲家でもあります。『シューマンの夢』というタイトルにも、特別な思い入れがあります」
と話しました。
最初に演奏したのは、シューマンがピアノ・ソナタを作ろうと試みた曲。
ソナタとしては完成せず、第1楽章の「アレグロ」のみが演奏されるようになりました。
今日のプログラム最後に演奏される「ピアノ・ソナタ 第1番」への足がかりとなったこの曲は、若き日のシューマンの意欲を感じさせると同時に、彼らしい夢のような美しい旋律にあふれています。
シューマンが生きた1800年代のドイツは、本を読んだり大学に通ったりと教養のある市民が増え、文学の世界もロマン的になっていきました。
続く「幻想小曲集」は、シューマン自身が「音楽による文芸作品」と位置づけた作品です。
「この作品を書いた頃には、シューマンは妻クララにプロポーズしていましたが、クララの父親に結婚を反対されている辛い時期でもありました。彼は第8曲の『歌の終わり』について、『結婚式の鐘の音と同時に、お葬式の鐘の音も鳴っている』と語っています。絶望的な思いと夢が交錯する、そんな感覚を持っていたのですね」
それぞれの小曲の中に広がる美しい世界。
「音楽の文芸作品は、聴いている一人ひとりが主人公になれる」と仲道さんが話すように、音に乗せてイマジネーションが広がっていきます。
ページをめくって物語を読み進めるように、シューマンの世界へ引き込まれていく感覚でした。
休憩を挟んで第二部の冒頭は、シューマンが精神を病んでいく中作られた小品集「森の情景」から、不思議な雰囲気の第7曲“予言の鳥”で始まりました。
「精神を病んだからというだけでなく、彼自身が何か現実世界にはないものを感じとろうと、こうした世界に踏み込んでいったのではないでしょうか。森という幻想的な場所、そこで未来を知る象徴として描かれた鳥は、裏切りや不貞などネガティブな感情で予言しています。ここでシューマンが見たいのは、美しい愛の世界だったのだと思う」
短い曲ですが、静かに心が乱されるような旋律が、繊細に揺れ動くシューマンの心を思わせます。
演奏後、
「こういった世界に入っていかねばならなかったシューマンが愛おしい。壊れやすい心を持った人だったのかなと感じます」
と語った仲道さん。
同時に彼はそんな自身を奮い立たせ、大曲を書きたいという切実な思いも持っていました。
この日のプログラム最後に演奏したのは、シューマンが20代前半に初めて書き上げたピアノ・ソナタです。
問いかけるようなフレーズが印象的な第1楽章には、妻クララが書いた曲のリズムやメロディーが使われています。それは二人にとって、思いを交わす暗号のようなものだったのかもしれません。
流れるように美しい第2楽章、ポロネーズを用いた第3楽章、そして第4楽章は、彼の心の動きをダイナミックに描き出しているかのよう。
さまざまな思いが千々に乱れる、シューマンの世界を堪能させてくれました。
演奏を終えた仲道さんに、会場中から大きな拍手と歓声が止むことなく送られます。それに応えて、アンコールではなんと7曲を披露。
シューマンのピアノ曲集「謝肉祭」からは、ショパン、クララ、そしてクララの前に交際していた女性エルネスティーネと、さまざまな人物をモチーフに書かれた曲を演奏し、人の印象を豊かな音で表現する彼の感性にも触れることができました。
終演後のサイン会には多くのお客様が列を作り、仲道さんは笑顔で言葉を交わしていました。
訪れた方からは「オール・シューマンプログラムは珍しいので来てみたが、解説も分かりやすくとても良かった」「仲道さんの演奏は初めて生で聴いたが、やはり素晴らしい。前半の小品と最後のソナタの対比がとても良かった」「アレグロとソナタの背景がつながったり、プログラムに一貫性があっておもしろかった」
などの感想が聞かれました。
「来年のリサイタルはドビュッシーをテーマにしたい」と語った仲道さん。
作曲家たちの世界に浸れるひとときをぜひお楽しみに。
【プログラム】
アレグロ ロ短調 Op.8
幻想小曲集 Op.12
第1曲「夕べに」 第2曲「飛翔」
第3曲「なぜ」 第4曲「気まぐれ」
第5曲「夜に」 第6曲「寓話」
第7曲「夢のもつれ」 第8曲「歌の終わり」
「森の情景」より 第7曲“予言の鳥”Op.82-7
ピアノ・ソナタ 第1番 嬰ヘ短調 Op.11
第1楽章 序奏付きソナタ楽章
第2楽章 アリア
第3楽章 スケルツォと間奏曲
第4楽章 フィナーレ
(以上すべてシューマン)
アンコール
シューマン:トロイメライ
シューマン:謝肉祭 Op.9 ショパン
シューマン:謝肉祭 Op.9 キアリーナ
シューマン:謝肉祭 Op.9 エストレッラ
ショパン:12の練習曲 Op.10 第12番 ハ短調「革命」
ドビュッシー:月の光
エルガー:愛の挨拶