【レポート】スライドトーク「とどめ得ぬもの―桃紅水墨の魅力」
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5月26日(土)、「篠田桃紅 とどめ得ぬもの 墨のいろ 心のかたち」展関連イベントとして、
岐阜現代美術館学芸員の宮崎香里さんによるスライドトーク「とどめ得ぬもの―桃紅水墨の魅力」を開催しました。
宮崎さんが在籍する岐阜現代美術館は、岐阜県関市にある世界最大級の篠田桃紅作品を所蔵する美術館です。
当展覧会では企画監修及び作品借用等、様々なご協力をいただきました。
そんな宮崎さんのお話が聞ける機会ということで、たくさんのお客様が詰めかけました。
桃紅さんは1913年、中国の大連に生まれます。
その後、2歳で日本に戻り、東京で父親から書を学ぶとともに、様々な教養や日本の古典の素養を身につけていきます。
また、歌人の与謝野晶子の弟子である中原綾子から、短歌の添削指導も受けていました。
22歳で自分の書道教室を開き、独立した桃紅さん。本名は満洲子(ますこ)。
桃紅という名前は、書をする際の雅号としてお父様がつけてくださった名前です。
書家として活動していた1940年に開いた初個展では、「才気煥発だが根無し草」と評されます。
「桃紅はそのように評されたことに対して、多少の屈辱も味わいながら実は非常に喜びます。
それは独自の書であると認められたわけで、桃紅にとってそれが以降独自の世界を開いていくきっかけとなるのです」
と宮崎さん。
その後、桃紅さんの書は徐々に文字の形からはみ出し離れていき、墨の線の勢い、美しさ、リズム、
そういったものを表現の核に据えるようになっていきます。
桃紅さんが、どうして日本の文字の枠からはみ出そうと思ったのかをについて、宮崎さんは
「私たち日本人は文字の形を探してしまう。そこに桃紅が目指しているものはなく、
墨の美しさそのものを見てほしいという想いもあり、海外で作品を発表するようになりました。」と話します。
1956年桃紅さんは女流書家として日本で築いた確固たる地位を捨てて、1人アメリカに旅立ちました。
当時のニューヨークは、自分の作品を認めてくれる自信と確信を得るための場所であった、
それが自分にとっての、刺激的な場所であった、と桃紅さんはエッセイの中で語っています。
渡米時の桃紅さんの様子を、宮崎さんは次のように話します。
「抽象表現主義というのがニューヨークで沸き立っている時代、桃紅が目指していたのは、
何かの枠にはまって表現することや伝統を守ることでもなく、そこから飛び出して、
あるいは破壊して自分だけの表現をすることでした。
同じ思いを持ったニューヨークのアーティストたちの中で勇気づけられ、
高い評価を得ることによって自信を得ることができた、と桃紅は語っています。充実の2年間だったようです」
しかし2年で帰国。アメリカの乾いた気候では、紙の上で墨は滲まず、かすれるのみ。
日本の湿潤な環境でのみ墨は生きると悟った桃紅さんは、いったん日本に帰り、以降は日本で制作、海外で発表し始めます。
帰国後は、墨のもつ特性を十分に生かした作品や海外での発表を見越し、より大きいサイズの作品を制作するようになります。
70、80年代には、さらに抽象の形を昇華させていきます。
また、リトグラフへの挑戦や、随筆書『墨色』で第27回日本エッセイスト・クラブ賞を受賞するなど、
制作の枠を広げた時期でもあります。
90年代以降、桃紅さんの作品は金や銀が多用され金泥や銀泥、朱といった限られた色も加わります。
宮崎さんによると、そうすることで画面がやわらかくなり、画面に光が加わり、墨の画面に光を入れることで、
もう一つ「奥行」が加わるそうです。
「この作品は、100歳を前にして書いた作品です。
桃紅は作品についてあまり語りませんが、作品について質問したところ、
『これは富士山の五合目』という答えが返ってきました。
多分それは、桃紅にとって100歳は富士山の頂上に登ることではなく、
まだまだ目の前に道が広がっていて、その道半ばに居る。今が通過点だ、と言っているのではないかと感じました。
何者にも囚われない生き方をしている、私の主人は私だということを貫き通していくその桃紅の哲学、
生き様がこの作品には描かれているのではないでしょうか」
と宮崎さんは締めくくりました。
トークに参加されたお客さまからは、「よく分からなかった部分がトークにより理解でき、充実した時間を過ごせました」
「抽象画の分かりにくさの裏にある秘めた魅力が伝わってきました。タイトルだけでは知りえない作品のストーリーを知ることができ、さらに興味がわきました」という感想が聞こえました。
トーク後には、改めて展示に足を運び、じっくりご覧になられるお客さまも多くおられました。
桃紅研究の第一人者である宮崎さんが語る桃紅水墨の魅力を、存分に味わっていただけたイベントとなったのではないでしょうか。