【レポート】「Sumako-或新劇女優探索記-」
- 会場
- サントミューゼ
劇団太陽族公演「Sumako -或新劇女優探索記-」
2018年3月10日(土) /11日(日)開演14:00 at サントミューゼ 大ホール舞台上ステージ
3年前から上田で滞在制作を重ねる中で、「このまちにつながる作品を作りたい」と思いを抱いた劇団太陽族の代表・岩崎正裕さん。
今作でテーマにしたのは、信州出身の女優、松井須磨子です。
松代に生まれて娘時代を上田で養女として過ごし、上京後は近代演劇に大きな変化を与えた女性です。
公演の舞台は、サントミューゼ大ホールの舞台裏。
普段はスタッフしか通らないバックヤードを進んだ先、ステージ真裏のほの暗い空間に設えられた客席で、通常の真裏からステージを見るという仕掛けです。
どこか舞台裏から見るような秘密めいた雰囲気の中、幕が開きました。
真っ暗な舞台に灯る一本のろうそく。その傍らには白い棺。
須磨子が32歳の若さで命を絶った夜から、物語は始まります。
生まれ育った松代や東京、旅公演先と、時間や場所、時には幻のような空間をも行きつ戻りつしながら須磨子の生涯が綴られていきます。
須磨子を演じるのは3人の女優です。
異なる3人が入れ替わりながら、時には居合わせ会話しながら演じることで、須磨子の勝気さ、かわいらしさ、猪突猛進の芝居熱、そして劇団主宰者である島村抱月への人生をもかけた愛と、一人の女性の中にあるさまざまな表情が見えてくるのが面白さ。
誰が本当の須磨子なのか、と問いかけられる場面もありますが、3人が織りなすグラデーションによって、須磨子という一人の女性がリアルに浮かび上がってくるようでした。
物語が動くときに決まって現れるのが真っ赤なリンゴ。
さながら、須磨子とふるさと信州を最後までつなぐキーアイテムのようでした。
やりとりは時にコミカルですが、今を生きる私たちがどきりとする言葉に出会う瞬間も多々ありました。
例えば「私はただ、私として生きたいの」という須磨子のセリフ。
封建的な時代を生きた彼女の口から発せられる切実さは、現代の私たちの心にも普遍的に問いかけてくるようでした。
本公演には劇団太陽族の団員のみならず、長野県出身の役者や劇団も出演しています。
長田・中山役などで出演の上田市出身、櫻井章喜さん(文学座)や島村抱月役などで出演の上田西高校卒業、宮澤和之さん(文学座)のほか、須磨子が旅公演で上田を訪れたシーンでは、上田染谷丘高校の音楽班のみなさんが地元の高校生役として出演。
須磨子のヒット曲「カチューシャの唄」を合唱し、みずみずしい歌声を響かせました。
それは封建的な時代、女性であっても自分らしく生きたいと願った須磨子の思いを引き継ぐ希望の歌声のようでもあり、どこか別れを予感させる悲しみもあり、彼女たちの歌声は終始、舞台を象徴的に彩りました。
そして物語終盤、愛する抱月を失い自らも死を決める「3人の須磨子」。
死ぬ前に何か歌おうと、戯曲「カルメン」の劇中歌「煙草のめのめ」を声を張り上げて歌います。
悲しい結末が待っているはずなのに、笑いながら陽気に歌う彼女たち。
そこへ死んだはずの抱月が現れ、新天地アメリカへと誘います。
これは夢か現実か。
曖昧なままドラムの音が鳴り響き、ダンスする登場人物たち。
空気を切り裂くように手から落ちたリンゴの硬い音が、須磨子の最期を告げます。
棺を囲む面々の前に現れたのは「100年生きた須磨子」と名乗る老婆。
須磨子の死から現代までの100年を語る彼女もまた、夢か現実か分からない魔法のような存在です。
須磨子の死後、関係者の足跡とともに、この国が歩んだ歴史を振り返ります。
「100年生きた須磨子」が語るその時の流れに、客席からはすすり泣く声も聞こえました。
須磨子、ならぬスマホを持ち、「こんな時代、劇場に来るお客は、とんだ物好きだ」と笑う彼女は、昔と今をつなぐ使者のようでした。
これは夢か、現実か。
境界を曖昧にしたまま、「The Show Must Go On!」の声とともに、舞台後方のオペラカーテンがゆっくりと上がります。
そこに広がっていたのは、誰もいない1530席の客席。
そして、この世に別れを告げた須磨子と抱月の姿です。
予想もしなかった展開に、観客からは静かな歓声と拍手が自然と沸き起こりました。
ゆっくりと歩み寄り、並んで去っていく二人。
それは天国で結ばれた須磨子と抱月の姿なのかもしれません。
または、100年という年月を超えて、ようやく“舞台に戻ってきた”、現在の須磨子と抱月なのかもしれません。
私たちが舞台裏で見届けた須磨子の物語。
幕が開いた先に、須磨子は何を見たのでしょうか。
2019年1月5日、須磨子がその人生の幕を下ろした日から100年が経ちます。
舞台「Sumako-或新劇女優探索記-」を通じて、松井須磨子という大女優が生きていたことを改めて感じられたのではないでしょうか。